105話 不確かな約束と謙譲


「…………マツ?」



「メイドたる私がご主人様を先に死なせるなどあってはなりません」



 マツが蹴り飛ばされてもたれかかっていた木から立ち上がった。



「ケケッ!! 面白い。ではお嬢ちゃんからにしよう」



「それはどうも。ご主人様、お逃げ下さい」





 逃げる?






「いやだ」


「ご主人様、我儘を言わずに……」




「逃げない」


「ご主――」





「約束? うん、約束だ、約束したはずだ」



 《――――約束よ》



 覚えていない、思い出せない。でも、きっと、そういう約束だった…………はず。



「うん、逃げない」


「…………お互いめんどくさい性格ですね」




「もはや約束と言うより呪縛じゃな。過去の約束ほど曖昧で曲解しやすいものは無かろうに」




「余計なお世話だ」

「ご主人様、素が出てます」



 おっと、痛みとその他諸々で忘れてた。


 立たなきゃ。あ゛ー、痛い。腕が無いので喪失感もすごい。




「ところでマツは何で狂戦士化解けてんの?」



「解けていません。気合いで平常心を保っているんです」




 でた、気合い。脳筋の方々の好きな言葉。これだから脳筋は……。




「勝算あったりする?」


「私にはありませんが、ご主人様に託そうかと」


「託す?」



 任せるじゃなくて?


「先程、新しいスキルが手に入りまして」


「へー」



「ご主人様が逃げないのであれば使います。頑張ってください」



「ん?」



 俺が逃げてたら使わなかったと? どういうことだ?



「わざわざ待ってくれてるから早く使って」


「わかりました。会えるのがイベント後になるのを祈っています。【謙譲の光輪】」



 マツから眩しい光が出たと思ったら、マツが光の粒子となって大きな光の輪を形作った。光の輪は俺の背中に少し距離を置いてとどまった。

 そして俺を光が包むと、無くなったはずの左腕が生えていて、細かい外傷も消えていた。光はそのまま俺を包んでいる。



「?」


 少し動いてみると光の輪は背中に一定の距離を保ったまま、回転しながら着いてくる。


 これは自分を犠牲にしたバフをかけたという解釈で良さそうだ。光の輪と光がどういった効果かは分からないが。



「どうやらこれが本番みたいだよ?」


「多少強化されたといっても儂には勝てん」



 だろうね。仮にこの光が常時回復リジェネの効果があってもそれを上回る剣速で来られそうだし。


 ハナから倒すのは諦めてるんだよ。そもそもこれはクラン対抗戦だ。最後にうちのクランが一位なら問題無い。




 そのためにここで――



「【スリップ】、【光剣の舞】、【ダッシュ】」



 スリップで一瞬隙を作って光剣を飛ばして牽制、走って殴りかかる。



「単純だと言うておろう。神薙流奥義・秋霜烈日しゅうそうれつじつ



 細い刀から出たとは思えないほどの大木のような太さの斬撃が目の前に迫り来ている。


 右腕を攻撃から防御に変え、左手で背中の光の輪を掴み、全力投擲。これで光の輪が投げれない物だったら終わってた。運が良い。



「くっ!」



 太い斬撃で右腕が消し飛ぶ。斬撃自体は遅いが、攻撃範囲と俺の勢い的にもう死ぬ。仙老は光の輪を完全に捉えて斬ろうとしている。


 今がチャンスだ!



「〖chaotic arms〗」




 小声で発動。




 パリンッ、とした音が聞こえた。壊せたのだろう。これで最低限の仕事はできたな。





 ガラス玉の破壊。


 それさえできれば得点加算はできなくなる。こんな化け物がいくら点を取っても無意味になった。あー、死ぬ。



 後は残りの三人に任せよう。チャットで死亡ログが残るから、危険と見てこっちには来ないだろう。





「してやられたわい」



 ざっとこんなもんよ!






 視界が暗転する――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る