すぐ隣、離れ離れ。瞬間、永遠。
イエスあいこす
「……誰?」
覚悟していた言葉が彼女の口から発せられる。
分かっていたハズなのに。
実際に聞くと、こんなにも胸が痛む。
俺たちの距離は、昨日までと変わらずすぐ隣。
けれどそれは体の話。
俺たちの心は、離れ離れになってしまったのかもしれない……
………………
「えっと、私の名前……名前……」
「金木柚羽だよ。あ、俺は神埼昌磨」
「ユズハ……ユズハ……うん、なんかしっくりくる。で、……昌磨くん?はどうしてここに?」
記憶を失った彼女。
ただ実質初対面の相手にもこんなに距離が近い事に、やっぱり柚羽は柚羽なんだなと思って少しだけ安堵した。
でも、どうしてここにいるのかと問われると困ってしまう。
だって、言えないから。
恋人だからなんて、言いたくても、とても……
「あ!もしかして、私の友達だった人だったり……?」
「っ」
友達。
ズキリと胸が痛む。
全く、俺ってめんどくさいヤツだ。
俺から恋人だったとは言い出せないくせして、柚羽の方から友達と言われるとこんなに苦しいなんて。
「……あ、ああ。そうだよ」
でも、今の俺にはそれで良かったのかもしれない。
関係が完全に絶たれていたら、俺は壊れていたかもしれない。
どんだけ柚羽にゾッコンだったんだと言われても、多分この愛を表現しきれずにめっちゃ好きとしか言えなくなると思うくらいには柚羽が好きな俺だ。
だから、そりゃあ壊れるよ。
むしろこれが俺たちの新たな歩み出しとして丁度良かったのかもしれない。
別に俺、良い男とは言えないから。
いつか柚羽と「お互い多分、お互いを好きになる運命で、きっと神様がそう決めて、巡り会わせてくれたんだ」なんてロマンチックな事を言ってキスした事もあったけど、多分神様なんていない。
だってわざわざ好きになるよう運命付けて、巡り会わせて、この仕打ちなんだ。
本当にこう運命を定めた神様がいるなら、それはかなり性格が悪い。
俺は柚羽の友達。
しばらくして退院して、柚羽は新しく恋をして。
柚羽は可愛いから、きっと俺なんかよりもっとイケメンで、勉強出来て、しっかりした男を見つけるのにあんまり時間もかからないだろう。
だから、これで良いんだ。
これはきっと、柚羽を正しい道に進ませるための軌道修正なんだ。
そうだ、そう信じよう。
柚羽が幸せになれば、俺は……それで……
嬉しい…んだから……
「ごめん、ちょっと席外させて」
病室の外に出て、泣く。
「くそっ……くそっ……!」
だけどどれだけ泣いても、座り込んで涙を流す俺を抱き締めてくれる愛しいやつはもういない。
いるけど、いない。
これは柚羽の新しい門出なんだって、結論付けたのに。
そのはずなのに、そうであって欲しいのに。
「どうして……」
どうして、こんなに涙が溢れるんだ?
理由は明白だ。
アイツ本位じゃない、俺の身勝手な欲望。
例え別の道を歩むのが柚羽にとっては幸せだったとしても。
それでも、俺の横で笑って欲しい。
俺と幸せになって欲しい。
悲しんでる俺を、抱き締めて欲しい。
悲しんでる柚羽を、抱き締めてやりたい。
楽しさを、共有してたい。
ずっと、一緒に、いたい。
……あーあ、可哀想だなぁ柚羽のやつ。
なんせこんなに欲深くて、愛が重くて、めんどくさい。
そんな男に、愛されちまったんだから。
そんな欲望を表した涙は、しばらくに渡って俺の頬を絶え間なく伝った。
……………
夕方、柚羽はもう眠ってしまっている。
その横で俺は、なんとなく日記帳を読んでいた。
書き始めたのはだいたい、確か……そうだ、丁度柚羽に惚れた頃だ。
これを読んでると、いくつもの思い出がフラッシュバックする。
たとえば、こんなのとか。
2019年6月19日
柚羽と初デート。
近所のショッピングモールだったけど、手を繋いでるだけで、横に柚羽がいるだけでゲーセンと映画館以外面白いとこのない退屈な場所がとても面白く感じる。
こういうの、好きっていうんだなって再確認。
改めて、一生横にいたいと思った。
柚羽がどう思ってるかは分からないけれど。
おんなじ気持ちだったら、良いなぁ……
12月24日 クリスマスイブ
ホワイトクリスマス、マフラー姿の柚羽が可愛い。
多分後々これを読んでる俺も忘れることはないだろうけど、ホントに理性が危ういレベルで可愛かった。
そして、ファーストキス。
柚羽の方から不意打ちで、喜びとか驚きとか感情がごちゃごちゃでその時の感情は例え人類が何千年かけようと具体的に形容することは出来ないと思う。
それくらい、嬉しかった。
2020年5月1日
大学受験を控え、恐らくこれがそれまでにガッツリデートできる最後の機会になる。
おもいっきり遊び倒した!
いやー、終始ワクワクして、ドキドキして。
ああ、これが一生続けば良いのに。
ロマンチックな事言って、キスして。
人がいないのを良いことに恋人繋ぎとかハグとかもして。
あー、前は一生横にいたいなんて曖昧な言い方だったけど訂正しよう。
一生横にいる。
絶対に離さない。
誓いとして、書き残しておこう。
………………
溢れ出す思い出。
だけど涙は堪えて。
けれど、涙の代わりに時間は流れる。
時計の針はとう0を回っていた。
ああ、そう思うと急に眠気が………
…………………
その後の日々を、俺はあくまで柚羽の友達として過ごした。
そうやって築いた思い出も間違いなく良い思い出だ。
例えば……
「……あー、怖かった……」
「昌磨くんこういうの苦手?」
「ああ……」
遊園地に遊びに行ってみたり。
「このまま私の勝ちだよ!」
「あ、トゲゾー行った」
「嘘!?」
家でゲームを満喫したり。
「どう、似合う?」
「あ、ああ、似合うと思う……よ」
ショッピングモールで、柚羽の新しい服を見てドキドキしたり。
本当に、楽しい。
これは心の底から思っていることで、偽りは何一つない。
でもただ一つ、抱いている願いがある。
……出来ればまた、柚羽と恋人になれれば良いなぁなんて、きっと叶いはしない淡い願いを抱きつつ。
日々を歩んでいると、半年が過ぎたある日の、帰り道。
「ねえ、昌磨くん。楽しかった?今日」
「ああ、本当にな」
「良かった。……なんか、恋人みたいだったね」
「っ!」
恋人みたい。
きっと彼女は何気なく放ったのだろう。
けれどその言葉は、確かに俺の心を抉る。
俺はきっと今、どうしようもなく辛い表情をしてる。
それを悟られまいと、俺は上を向いた。
その時にチラッと柚羽の方を覗き見る。
その頬はどこか、赤く染まって見えた。
けれど帰り道は続く。
「昌磨くん昌磨くん」
「どうした?柚羽」
「その……ね、実は……」
「……告白?」
「うん、されちゃって……」
ズキリ、また痛む。
でも俺は唇を噛み締めて、柚羽に表情を悟られないよう後ろを向いて。
「良いんじゃねーか?あいつ普通にカッコいいし」
「でも、ダメなんだ」
「どうして」
「そ、それは……」
「アイツと一緒になれば良いだろ」
「でも……」
「アイツと一緒ならお前もしあ……」
「違うの!」
背中に暖かく柔らかな感触。
……背中から抱き締められた?
なして?俺が?
「……私、ズルい女だよね。こ、告白する勇気がないから、こうやって嘘なんか吐いてまで、その人が私の事どう思ってるのか確かめたり……」
「……」
「……でも、誤魔化さない。ズルした後だけど、この気持ちは本当。……私、昌磨くんが好き」
その言葉は告げられた。
俺が一番渇望していたけど、俺が一番どこか恐れていた言葉。
振り向きたいのに、躊躇いが生まれる。
俺より柚羽を幸せにできるヤツがいるなら、そいつの元へ行けば良い。
けれど、柚羽は俺を好きだと言った。
その想いを、俺は柚羽のために突き放すのか、俺のために受け入れるのか。
迷う俺に、柚羽は更に衝撃を付け加えた。
「……私、昌磨くんの日記を読んじゃったの」
「……っ」
「昌磨くん、凄く幸せそうで……」
そういう柚羽に、正直な言葉をぶつける。
「……そんな恋人が記憶喪失になって、そんな俺を哀れに思ってこうしてるのならやめてくれ。その哀れみは、苦しいんだ……」
「でも……でも!」
「?」
「今の私も確かに、昌磨くんが好き。あなたの恋人だった人じゃない。今 ここにいる金木柚羽は、あなたのことが好きです」
ズルいよ、柚羽。
そんな言葉をもらったら、俺は……
「柚羽!」
抱き締めることしか、出来ないじゃないか。
その気持ちを、受け止めるしかないじゃないか。
「俺も好きだ。どうしようもないくらいに、愛してる……」
自然と涙が溢れる。
柚羽の華奢な体を強く抱き締めて言う。
例え記憶が戻らなくても、確かにこの少女と俺は愛し合っている。
抱き締めている一瞬一瞬が、永遠にも並ぶ時間へと。
触れるだけのささやかな幸せが、最大級の幸せへと昇華されていく。
そこに最後の一言。
これを聞いて俺は、本当にズルい女だなぁと思った。
「お互い多分、お互いを好きになる運命で、きっと神様がそう決めて、巡り会わせてくれたんだ」
そう、きっとこれが俺たちの運命。
記憶が失くなっても、そんなの長い人生の一欠片。
永遠に及ぶ一瞬なんて、考えなくてもこれから数えきれないくらいやってくる。
だから、俺たちは今何も考えずに。
唇を通して、互いの想いをぶつけ合っている。
すぐ隣、離れ離れ。瞬間、永遠。 イエスあいこす @yesiqos
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