第80話 喝采の広場

 富士も手中に収めたころには、王女も大阪で実権を握っていた。責任者だったでっぷりとした男も、王女の到着に喜んでいた。彼もまた、王族に従うという使命を全うできたと思ったことだろう。遠く離れた王子よりも、目の前の王女に忠誠を誓っても、彼らにしてみれば何も可笑しなことではないのだ。

新しい武器も、九条の協力もあり完成を見た。不可視のエネルギー弾により、肉体は通り抜け、精神体に直接効き目を示す。我々専用の武器である。当然のこと、音はほとんど発しない。それは今までの我々の武器同様であり、銃撃の音が人間社会に知られない工夫でもあった。富士の観測所に連れてきた大半の兵を残し、僕らは大阪へと戻った。


「なんだと!」その頃、富士の観測所が落とされたことを聞き、王子は怒りの声をあげていた。しかも、スタインは警戒所の奪還のために出払っている。王子の怒りの矛先は向ける先を失い手当たり次第に当たり散らした。そこに大阪工場までもが王女に下ったと伝えられ、王子の怒りは爆発した。

「この者を牢にぶち込め!」と、伝令の兵にまで被害が及んだ。宥める役目のスタインが不在では、他の貴族たちも見て見ぬ振りを決め込んだ。下手に声を出せば、どばっちりを食らいかねないからだ。

スタインは空になった警戒所を次々と取り戻していたが、そんな彼の元に、王子の怒りの連絡が届いた。

「ま、まさか……」スタインは王女たちは北に逃げたと思い込んでいたからだ。

こうやって取り戻していけば、すぐにでも追いつくと信じて疑わなかったのだ。ところが現実は富士の観測所を奪われ、大阪の工場では王女が実権を握ったとの連絡を、スタインは幻聴のような気持ちで聞いた。


北に向かっていた望月と、陽動作戦を行った小暮も、すでに大阪に戻っていた。

これからが本番である。日本の地における要となる巨大な地下都市を有する王子派とも、互角以上の戦力を有したと言っても過言ではない。しかも、地下都市で肝心の器を管理する場所へは、出入りさえできないのだ。どんなに不利な条件であろうが、王子は話し合いに応じるより道はないはずだ。

大阪工場んで最も広い武器庫に、王女をはじめすべての者が集まった。まずは王女が歩み出て、全員へ労いの言葉を述べた。


「本当にありがとう。そしてご苦労様でした。これから王子との交渉になると思いますが、気は緩めないようにお願いします」と、王女は丁寧に頭を下げた。

それを見て大歓声が沸き起こった。王族である王女が、ずっと蔑まされてきた民衆に対して、頭を下げるとは誰も思っていなかったからだろう。

「静かに!」暫く様子を見ていた小林が大声をあげた。いつまでたって歓声が鳴り止まないからだ。けれども、その大きな声も、決して非難するような怒鳴り声ではなかった。そして『やれやれ』と僕を見て肩をすくめた。


王女が一歩下がり僕が前へと踏み出すと、流石に歓声は小さくなっていった。

「皆さん、よくやってくれました。また、我々に賛同頂いたことにも感謝します。これからが大詰めとなります。決して油断だけはしないように」と言うと、全員の顔に緊張の色が走った。

「とはいえ、戦うのが目的ではありません。王子を交渉の場に引きずり出すことが目的です。そのことを理解していただきたい」と続けると、目の前に集まったすべての者が靴を鳴らし、背筋を伸ばし後ろ手を組んで胸を張った。まるで映画で見たような軍隊である。彼らにとっては軍事行動だとの認識があるのだろう。自分でも、今の今までそんな認識はなかったが、改めて考えると、革命を狙った軍事行動に他ならなぬのだと気がついた。僕こそが、気を引き締める時だったようだ。

その後、九条から新しい武器の紹介と説明が続き、皆の興奮は増していった。士気が上がることは良いことだ。これで王子とも互角以上に渡り合えると確信できた。そして僕らは興奮冷めやらぬ広場を後にした。

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