第71話 陽動作戦
兵器工場を完全に掌握し、今後の行動について話し合おうと集まった時に、警戒所の奪還に動いていた望月から、通信装置を使った連絡が入った。
「さすがに遠いからか、念話が届かなくてね」と小さな笑いと共に声が届いた。
「ご苦労様。どうだい?」と、望月に訊ねた。望月は元々の知り合いであり、記憶を取り戻した今では、はっきりと仲の良い同僚だったと認識できている。戦闘に秀でて信頼厚い彼を奪還の指揮に命じたのもそのためだ。
「警戒所は順調に落ちてるよ。でも、彼らは暇を持て余してるんだ」
「警戒所の兵か?それで、何をさせたいんだ?」
「ちょっと攻撃をしけてみようかと」
「地下都市にか?」
「ああ。だんまりを決めたままというのもおかしな話だろ?」
「そうだな。王子派をそっちに釘付けにもできる。だけど、危険ではないか?」
「いや。むしろ彼らは危険を求めているんだよ」
「死……。いや消滅するかも知れないんだぞ?」と、死と言う言葉をわざと濁した。人間で言う『死』が妥当とは思えなかったからだ。そんな考えも、小林と康子の気持ちを聞いた故の反応かも知れない。
「ああ。それでもいいんだとさ。どうせこのままだとずっとここの勤務から逃れられないらしい」と、望月の残念そうな声がスピーカーから流れた。我々精神体のみの存在は、人間よりも人生が長い。しかし、それとは裏腹に犯した罪を償うチャンスはめったにない。一度、貼られたレッテルは死ぬまで苦しめるのだ。
そもそも精神体のみならば、すべてがその者の本質と思われるからである。それが悪事だろうと何だろうと、気の迷いや突発的などの言い訳が通用しない。ワンストライクでアウトなのだ。それが王子派のやり方であり、王族とて例外とはみなされない。だからこそ、我々は一時的にも逃げ出したのである。それも含め、望月に訊ねた。
「彼らの言い分も分かるが、お前はどうするんだ?まさか参加しないよな?」
「ああ。まだ落とさなくちゃならない警戒所が残ってる」と、望月は少しの間をおいてから答えた。彼は警戒所の者から『参加するな』と念を押されていたのだ。
『お前さんはまだやることがあるんだろ?だったらこっちは俺らに任せろ。なーに。簡単にくたばる気はねーからよ』と。
「そうか。次は何処へ行くんだ?」
「東北方面に向かうよ。その方がいいだろ?」
「こっちから遠く離れれば我々にも好都合だが、十分、気を付けてくれよ」
「ああ。そっちの成果も期待しているよ」
「わかった。それじゃ、武器だけでも送るよ」
「助かる」との言葉を最後に通信は終了した。それから僕は振り返り、
「聞いた通りだ。陽動にもなるし、彼らに武器を送ろう」と、集まっていた者に伝えた。そんな中。
「自分も行っていいか?」と、小暮が口を開いた。小暮も味方集めなどで実績もあり、優秀な戦闘部隊でもある。
「なんでだ?」しかし、その腕前を危険には晒したくはなかった。
「彼らにも指揮官は必要だろ」と小暮が言った。確かに、警戒所の警備兵と言う彼らでは、まともな戦闘も出来ないだろう。そうなれば、陽動作戦も有効にならないかも知れない。そう言った点を考えても、小暮を指揮官として送り込むのは妥当な案だと思えた。
けれども、小暮も危険に曝すわけにはいかない。第一に、望月も参加を見送っているのだ。その旨を伝えたが、小暮はガンとして譲らなかった。そして、
「警戒所の者たちも、後々必要になるはずだ。見捨てるわけにはいかないだろ」と返された。王子派と和解、或いは勝利した後、王女派の基礎を築くためにも人材は確かに必要だ。それは警戒所の者とて同じである。すこしでも被害を出したくはないとの小暮の意見に押され、
「そこまで言うなら……。でもくれぐれも気を付けてくれよ」と、答えるしかなかった。小暮ならばとの信頼もあっただろう。
「ああわかってるさ。無駄死にするつもりはないよ」と残し、小暮はその場を後にした。陽動作戦を成功させ、尚、被害を最小限に留める為にも、武器の輸送も急ぐ必要がある。それには小林と康子が声をだした。
「俺たちでやるよ」
「良いのか?」何となく、この場に居ることを躊躇っているように見えたからこそ、そんな言葉をかけたのかも知れない。
「ああ。俺たちあまり役に立ってないからな」と。小林は俯き加減に答えた。
「そ。そうか。じゃ、二人に頼むよ。望月には伝えておくから」
「そうしてくれ」と答えると、小林と康子もその場を去った。
やはり、あの話が気になるのだろう。僕としても気にならないと言えば嘘になる。けれども、もしもの話を今したところで、答えは出ない。ただ、それなりの対処は考えるべきだろう。そして二人が考えて導き出した答えが、二人を縛る形になってしまった。『今は信じよう』それしか僕にも思い浮かばなかった。
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