第69話 地下工場

 地下工場にへ入り口は、川の管理をするための施設内にある。入り口部分だけが地上に露出した風景を損なわない作りだ。市の管轄のようで、入り口には注意書きの札が取り付けられていたが、なんなく開けることが出来た。


この並木道には人通りも多い。ベンチに座り休憩するサラリーマンやOL。子供連れのカップルや若い者たち。そんな彼らの目を盗んで、次々にそこから地下に降りていった。


工場へと続く扉は、ポンプや沢山のバルブが並ぶ部屋の奥にあった。人間にはわからないようにその壁には工夫が施されている。味方が全員揃うのを待って僕は小さな穴を覗き込んだ。網膜スキャナーだ。認証は王子が手を回し、無効にしているのではと思っていたが、そこまでの考えはなかったようだ。何かが作動する音が聞こえ、一見すると普通のコンクリート製の壁に金属の扉が現れた。

そして音もなく扉がスライドした。明るい照明の下、三人の警備兵が驚いたようにこちらを見た。通常、来客がある場合は事前に知らせがあるからだ。


「だ、だれだ」と、その中の一人が叫び、こちらに銃を向けた。それを無視するかのように僕は中に入り、その人物を睨みつけた。

「無礼者。余に武器を向けるな!」と、僕は気迫に満ちた演技をした。すると相手は目を見開き、僕の顔をまじまじと見つめ、すぐにその顔から焦りが見え始め。


「こ、これは王子。失礼いたしました」と直立不動で天を見上げた。

「ふん。急用だ。通るぞ」と、あくまでも王子らしく振舞った。

「ははっ。責任者に連絡しておきます」

「ああ。これから向かうと言っておけ」

「ははっ」どうやら、王子の役はうまくこなせたようだが、ぞろぞろと続く者には警戒を緩めなかった。


「連絡がきていなかったのでしょうか」と九条の思念が届いた。

「恐らく、こちらが大胆な行動に出るとは思わなかったのではないか?」

「と言うと?」

「きっと、隠れて震えてると思っていたのだろう。その証拠に、警戒所もどんどん手中に収めているじゃないか」

「なるほど。警戒所を落とす理由はそれですか」

「それだけではないよ。暫くは関東近辺に居ると思わせたかったんだ」

「さすがです」

「でも、安心はできない。ここに訪問したことは連絡が行くかも知れないからな。時間との勝負だよ」

「ですね」と九条が答えた時、目の前に責任者が在する部屋の扉が見えた。


「これはこれは王子。如何なされましたか?」と責任者を名乗る男が丁寧に頭を下げにこやかに歩みよった。人間界でも工場長あたりの役職を貰いそうなでっぷりとした男だった。

「うむ。新しい技術の提案と試作を頼みにきた」

「なんと、新技術ですか?」

「ああ。それと、今からここを我々の管理下に置くと伝えにきたのだ」

「はぁ?今も王子の管理下ですが?」

「いや、我々は王女の仲間である」

「えっ?えっ?どういうことでしょうか」と、でっぷりとした男は状況を掴めずにいた。

「それはな、こういうことさ」と小林が素早く後ろへ回り込むと、男の腕を捻じり上げた。

「お。王子。何故こんなことを」と、懇願するような目つきで僕を見た。流石に可哀相になったが、それどころではない。早く掌握する必要があるのだ。


「悪いな。僕は王子であって王子ではないのさ。今からここを我らの管理下に置く。そのつもりで」と僕は静かに笑った。ようやく話を飲み込んだようで、男は素直に指示に従った。まずは警備兵の武装解除を指示し、敵対行為を禁じた。破れば命の保証はしないと念を押した。ここには、独自のカプセルがあり、予備の器も用意されている。それらを掌握すれば、彼らには対抗する術はない。


文字通り、この工場で働く者すべての命を握ったのだ。なによりもの収穫は、ここでも記憶の操作ができることだ。これで小林と康子の記憶を戻すことが出来る。けれども、そのことを伝えると二人は喜ぶ素振りを見せなかった。

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