第68話 京橋にて

「次の京橋で降りるよ」と、僕はみんなに思念を送った。返事はないが、届いていることに疑いはない。ホームに降り立つと、案の定、数メートルおきに仲間の姿が目に入った。


「各自、食事を摂ってくれ。一時間後に出発する」こうして僕らは、ファーストフード店やうどん屋など、駅近くのお店に適当に散らばった。味などどうでもいい。器の活動に必要な栄養を摂取するためであり、胃に何かを入れれば良いだけだ。そうして足を踏み入れた一軒の店でうどんをすすっていると、


「どこから侵入するの?」と、九条からの思念が届いた。王女から渡された地図を取り出すと、

「造幣局の近くだな」と返した。

「わかった。案内は任せるわ」と折り返された。

「奴らの姿はないか?」と尋ねると、


「ええ。石山から気にかけていたけど、今のところ姿は見えないわ」姿が見えないと言うことは、靄の掛かっていない人物を見ていないと言うことだ。僕の視界の中にも、色とりどりの靄がかかる人間が見えるが、それらを持たない人物の姿は確認されていない。


「そうか。これからが正念場になるかも知れない。気を引き締めるようにみんなにも伝えてくれないか」

「わかったわ。そっちも気を付けて」

「ああ」そう返して僕はうどんを平らげた。


造幣局の近くには、大阪では有名な桜並木が川沿いにある。高層ビルに囲まれた都市の中心にして、そこはまさに別の世界だ。その川沿いの近くに地下への入り口があるようだ。そこから広大な工場に行くには、目に前の川の下を通り東に向かう。丁度、大阪城の真下辺りにある。意図して作られたのかは分からないが、大阪城が残されていることで、地下都市が見つかる可能性が低いことは間違いがないだろう。そうやって長い間、我々は人間の目から隠れ住んできたのだと考えられる。


その頃、警戒所も順調に味方陣営に落ちていた。警戒所勤務は、人間界の言葉言えば左遷だ。ミスを犯したり素行に問題のある者が送り込まれる、半ば忘れられた場所でもあった。有事以外に利用する者もなく、日々、退屈な時間を費やしていたようだ。


当然のこと、そんな警戒所に詰める者には、王子への忠誠心も薄い。それよりも、王女が来ると言うことで喜んで配下に加わる者がほとんどだった。そんな彼らに人間の人権云々は無意味のない話であったが、彼らは刺激を求めていたのだ。単に、現状に不満を持っていただけだった。


しかし、武器工場への侵入が同じように行くとは思っていなかった。王子だけではない。日本に居る同胞すべてにとっても重要な施設だ。だからこそ、落とす価値はあった。

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