第65話 文殊の知恵

会合も終わり夜も更けた頃、小林が話し難そうに訊ねてきた。

「で、実際に見てどうだったんだ?」

「何がだ?」

「いや。あれ以来、口に出さないが……」

「ああ。あの部屋のことか?」

「ああ。お前から見てどう感じたんだ?」小林は、記憶を取り戻した後の気持ちを聞きたいようだ。


「人間の感情で言えば『むごい』としか言えないな。だが、本来の意識で見ても罪悪感を拭えなかった」

「そうか。俺はまだ記憶を取り戻してないから『むごい』としか思えないだろうが、実際に見たお前の気持ちを知りたかったんだ」

「部屋と言うには広すぎる。まるで工場のような場所だった。沢山のカプセルが並べられ、人間の身体が液体の中に沈められていたよ。中には、再生中なのだろうか、五体満足な姿ではないものも居た。それには目を背けたくなったよ」


「だろうな。聞いただけでもそう感じるよ」

「でもな。精神体である我々は、存続に為に肉体を手に入れる必要があった。それは理解しているし、人間を作ったのも事実のようだ。だが、本来の敵は奴らだろ?なぜ、仲間同士で争わなくちゃならないのだろうか」


「あの醜い奴らね」といつの間にか後ろに立っていた康子が口を開いた。

「ああ。あいつらさえ襲ってこなければ、地球に逃げることもなく、平和に暮らしていただろう。追いかけてこなければ、人間を器として利用することもなかっただろう。そうなれば、我々も敵対する必要もなかったはずだ」僕は理不尽な運命を呪わずにはいられなかった。


「王子もそれに気が付いてくれればいいのだけれど」と康子も残念そうに答えた。康子も記憶を取り戻しているわけではない。人間の記憶だけしか持っていないが、自分たちの星を追われ、地球の奥深くに隠れ住むことになっている現状を理解し、そして憐れんでいた。


「どっちにしろ、ここまで探しにきたならば、一目瞭然でみつかってしまうな。どうだろうか、今の仲間とは念話で繋がることが出来るし、分散した方が安全ではないか?」

「そうだな。一網打尽にされる恐れは減るだろう。だが、いざことを起こそうとなると、連携は難しくなるとも思う」

「それもあるか……。それに……」と小林は腕を組んで黙り込んだ。

「それになんだ?」


「ああ。地上でドンパチ始めるのも……。と思ったのさ。考えてもみろよ。ほかの人間からは、同じ日本人同士が戦ってるようにしか見えないんだぜ」

「じゃあ、どうするのよ。戦わずに投降しても消されるだけよ」と、声を荒げた康子を見て、僕は考え込んだ。そして一つの答えを導き出した。


「最低でも同等以上の有利な条件が整えば、交渉する余地は出てくると思う」

「なるほど。和解案か」と、小林は目を見開いた。

「例えば?」康子は半信半疑のように訊ねた。


「そうだな。例えば……。奴らを簡単に撃退出来る術を見つけたら?」

「え?そんなことできるの?」

「いや、だから例えの話だよ」

「わかった。それほどの条件なら、王子も飲むだろうってことだろう?」

「そう言うことさ」と、僕は笑った。不思議と、小林と康子がいると頭の回転が速くなる。そう感じるだけかも知れないが、色々な案が出てくるのも事実だ。

『三人寄れば文殊の知恵』とでも言えそうだ。

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