第63話 避難村

 首都圏は広い範囲で破壊し尽くされていた。破壊されていない地域でも、放射能の影響で立ち入り禁止になっている。生き延びた人々は地方の都市に逃げ延び、苦しい生活に追われていた。政府機関は大阪に移転され、人的対応や被災者などの対策に追われていた。同盟国である国が集結し、敵対国家と睨み合う中、秩序を保とうと必死になって人々は生きていた。


地下都市を脱出した僕らは、信州の山奥の村に身を寄せた。廃村寸前であった村だったが、都会からの避難民がたくさん訪れ、住民の数だけは増えていた。そんな中に僕らも混ざり、ひっそりと生活を始めた。身一つで逃げ延びてきた者も多数おり、身分証がなくとも疑われることもなかった。朽ち果てようとしていた家屋は避難民によって改修され、住処に困ることもなく、捨て置かれた田畑も整備され、救援物資も届いていた。まるで僕らを匿うかのような場所だ。


昼は住民達と共に、家屋の修理や田畑の整備などに追われ、夜には王女の元へと集まり、今後の相談に明け暮れていた。

「これからどうすべきか」と口を開いたが、誰一人として口を開く者が居なかった。これと言った手立てがないのだ。

「このまま隠れていても、王子の暴挙は終わらないだろう」と小林が呟くように言うと、

「暴挙とも言えないんじゃない?」と康子が反論した。康子の中には『人間は我々が作った』との言葉が色濃く残っているようだ。その時、外から大きな怒鳴り声が聞こえた。避難民の一人だろうが、彼らは平和なこの国が攻撃されたことに怒りを露わにしていたのだ。


「死体を盗んでいるのは確かだよ」と僕は康子に言った。

「うん。それは分かるわ。でも、彼らにも生きる権利があるんじゃない?」

「ああ。人間が家畜を飼育するのと同じだ。視点の問題だろう」

「そうね。彼らから見れば食用ではないにしろ、人間を作り育てたのは事実ね」

「だが、僕が疑問視しているのはちょっと違う」

「何が違うの?」

「人間の器を使って世界に入り込んでると言うことは、彼らの思惑で戦争さえ起こせるのではないか。と言うことだ」

「え?まさか?」

「いや、可能性の問題だ。これは王子の意志を探っても見当たらないから、憶測としか言えないが」


「スタインたちね」と王女がようやく口を開いた。

「そうだ。王子の知らないところでスタインらが画策している可能性は捨て難い。だからこそ、王子は正当性を真っ直ぐに語れると、思えるんだ」


「それじゃ俺たちの敵はスタインか?」と、小林も話に加わった。

「スタインを全面的に支持している王子も、敵に回るのは避けられないだろう」

「結局は、王子派との闘いになるわけだな」

「ああ。戦うとすればだがな」

「このままにしておくつもりか?」

「それもアリって話さ」


「それは出来ないわ。すでに戦いは始まってるのよ。みんな見つかれば処分される。戦うしか道はないの」と、立ち上がった王女は悲しみの目で一人一人の顔を見回した。集まった者たちには、再統合ではなく処分される瀬戸際にあったことを伝えてある。だからこそ。集まった賛同者の多くが、戦う意思を示した。


「奴らは追ってくるか?」と小林が僕に訊ねた。

「追ってくるだろう。だが、すぐには見つからないはずだ」と僕はみんなの顔を見た。それに対し、九条を始めほとんどの者が頷いた。全員が自らの意志により、本部との接触を断っていることを示した行為だ。


「国外に脱出するか?」と小林が提案したが、僕はすぐに首を振った。

「今は戦時だ。自由に国外に行けるとは思えない。仮に行ける算段があるとすれば、王子側もそこを見張るだろう。なにせ、人間には見えない靄が我々には見えるのだから」人間の余命を察知できる能力を有する我々は、色とりどりの靄が見える。我々には存在しない靄は、同類を判別するのに役に立つと同時に、誤魔化しきれない能力でもある。


ニュースによれば、今の日本は同盟国などにより海上封鎖が成されている。当然のこと、空の便も欠航が続いている。国内飛行でさえ、防衛の邪魔になると許可されていない状態だ。幸いなことに、日本における地下都市は、一か所だけだ。けれども、そこからならば国内の多くの場所に移転も出来る。しかし、我々がどこに隠れているのか、王子たちも容易には掴めないだろう。


しかも、このような山奥の村まで調べるとなれば、多くに日数を費やすことになるはずだ。人口が増えたとは言え、廃村に近かったこの村の半数は、僕らの仲間である。見張り役を立てて警戒しようが、何とでも言える状態にある。どんな作戦を立てるにせよ、時間は必要だった。それまで見つからないように過ごし、準備を整えるだけだ。

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