第60話 観察

 王子は勝利を確信したように僕の存在など無視するかのごとく、そこで働く者たちに色々な指示を出していた。王子と僕以外の僕と言う器は、黙ってそれを見ている。どうやら、4つに精神体を分けたとは言え、強弱は存在するようだ。偉そうに話しているのが、一番、強い精神体を有している。と思っているようだ。


僕以外の器の一つは、警備兵の装いであり、もう一つの器は、広場で動いていた者たちと似たような服を着ていた。王子が言う通り、めったに四人揃うことはないのだろう。


そんな風に観察していると、僕をじっと見つめる目があった。スタインだ。彼はまだ僕を不信感を抱いているようで、いぶかしげな眼で僕を睨んでいた。抜け目のない男だと言うことは分かっている。しかも、頭がとても切れる。王子を陰で操っても不思議ではないのだろうが、それは僕しか感じない事でもあるようだ。当の王子は操られているとは微塵も思っていないようだ。今は前面に出している王子の精神体でさえ、スタインに対しての疑いは皆無である。


「どうした?スタイン」と王子の精神体が声をかけた。僕はそれを第三者であるかのように傍観している。まるで一つの人格をもう一つの人格が冷静な目で見ているようだ。それが同じ身体に存在するのだから複雑ではある。


「いえ。記憶がお戻りになられて本当に良かったですな」

「遅かれ早かれ取り戻しておっただろう。気に病むな」そう言った偉そうな話し方も王子ならではなのだ。

「そうですな。流石、王子であらせられる」と答えるスタインの目は、決して笑ってはいなかった。まぁ、王子を前面に出しておけば、見抜かれることはないだろう。仮に特別な質問をされたとしても、王子ならば答えられるからだ。


「ではいくぞ」と、王子が僕らに向かって言った。やるべきことを終えたのだ。問題はこの後だ。

「この器も交換したかったのだが、奴らの為に大量の器が必要だ。彼らの再統合を優先し、我の器は次回とする。良い器がなかったのでな。では、それぞれ持ち場に戻れ」と、王子は声に出して言った。それは僕ら以外の者、スタインなど貴族に向けて発した言葉だ。精神が繋がっている僕らに対してならば、考えるだけで済む。


当然のこと、王子の考えは僕にも伝わった、再統合とは名ばかりで、裏切り者は始末するつもりのようだ。それもそのはず。器云々の問題よりも、統合された精神体が裏切ったからだ。彼らを再統合し、記憶を操作したとしても、いつかは今回の事を思い出す。そうなれば、同じように反旗を翻すことになるだろう。そのためにも、処分するとの選択を下したようだ。


王子は自分の器には慎重な構えだ。それは三体のクローンを作らなければならないからだ。本体と合わせて四体必要だからだ。それに耐えうる器であり、尚且つ、今回のような反乱とは無縁の器。それを探さねばならない。


けれども、王女や小林達は別だ。すぐにでも見つけるだろう。だからこそ、急いで王女たちを救出しなくてはならない。そのためには、王子の威光を大いに使ってやろうと思った。僕は王子の動向を注意深く見守った。話し方や歩き方まで、細部を僕が再現できなくては、王子の精神を隠した時に、それらでばれる恐れがあるからだ。

要は、僕の意思の元で動いたときにも、王子であると思われなくてはならない。そのための観察だが、悠長にしている暇はないのだ。

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