第58話 蘇る記憶
「それじゃ、僕らを助けた理由は?」と尋ねた。人間と違い、出入りが自由な精神体ならば、別の身体に移ることも容易なはずだ。魂の研究のためとは言え、反旗を翻した身体よりも、見合った身体を探せばいいのではないかと思った。
「人間で言う魂の研究と、第一はお前の目だ」と、王子は答えた。
「目?」と呟くと、
「そうか!あの場所のアイスキャナーか!」と小林が叫んだ。
「その通りだ。あそこの隠された部屋を開けるのに、その目が必要なのだ」と王子は睨むように言った。あの部屋の四隅に有った網膜スキャナーの事だ。本体である僕が手中にないためにクローンも作れない。なんとしてもこの身体が必要だったのだ。だから傷つけることもなく、勝手に動き回らせていたのだ。
「それほど大事な身体を何故、実働部隊に配置したのだ?」と、九条も口を挟んだ。彼女にしてみれば、同じ実働部隊だからこそ、腹立たしかったのだ。
「当然だろう?四体の器が纏まって居れば、狙われるリスクが高いからだ」暗殺は昔の話だと言っていたが、今でもその危険を無視できないではいるようだ。
「それで、そこにはなにが隠されている」と言った僕の声は、地の底を這うような低い声を発していた。予想通りならば「人間牧場」なるのものはずだ。それに対して王子が口を開こうとした瞬間、
「もうよいのではないでしょうか?」と貴族らしき人物の中から一人が口をはさんだ。その口調には、丁寧さが伺えるが、強い意志も感じられた。それが王子の教育係だと言うことを、僕は咄嗟に見抜いた。と言うよりは、思い出したのだ。自分が王子の精神の一つだと。
「うむ。完全に記憶を取り戻し私の制御が戻るまで、この者たちを監禁しておけ」と王子は声を上げた。その時、僕の頭の中では、コンピューターのような高速な思考が繰り返され、そして同時に理解した。
「それには及ばぬ。そうであろうスタイン議員」と僕が言うと、一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「記憶を取り戻したようですな」とスタインが笑みを浮かべると、
「ふむ、余と話して思い出したか」と、王子も得意げに呟いた。しかしこの時、僕の中では不思議な出来事が起こっていた。王子の精神と共に、晴夫と言う精神も同時に存在していたのだ。しかも、晴夫の方がはるかに強かった。言い換えるならば、僕の精神は晴夫によって支配されている状態だった。王子の精神にはそれを察知することも制御することも出来ない。王子の記憶を持った晴夫が出来上がったのだ。
「晴夫?」と康子はそれを確かめるように訊ねてきた。
「残念だが、私は王子である」と僕は答えた。勿論、周りを騙すためである。敵を欺くにはまず味方から。それを実行しただけだ。
「なんてことだ」小林もこの答えには落胆を隠せなかった。僕は心の中で『二人とも許せ』と言っていた。もう一人、落胆に心を痛めた者がいた。それは王女である。味方を得たと蜂起したところで、見事に裏切られたのだ。
「僕らはどうなる?」と小林が消沈したように訊ねた。
「ふむ。お主たちが何故、自分の意思を保っておるのか調べるつもりだが、その後はほかの精神体と再統合することになるだろうな」と、立ち上がった王子が答えた。
「そうか。わかった」と小林は頷くと、
「それから王女様、申し訳なかった。助けにならなかった」と頭を下げた。それを見た康子も小さな涙を流しながら頭を垂れた。小林も敗北を受け入れるしかなかった。僕にはわかっていた。雪山で凍死した僕らは抱き合うような姿で発見された。その際、恐らくは魂までもが抱き合い、深く結びついてしまったことを。
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