第56話 玉座の主
戦場から凱旋する王のごとく、王子は先頭を誇らしそうに歩いていた。そして、いくつかの通路を抜けた後、王子は僕らをとある部屋に案内した。そこは王族や貴族の為だけに用意されたような部屋で、豪華絢爛な装飾が施された広々とした空間だった。本来、精神体だけの彼らには無用のはずの重厚なソファや机などが置かれていた。口では人間を見下すような言葉を発するが、人間の生活を取り入れているのには軽蔑さえ感じる。
そして、着飾った貴族のような者たちも何人かがそこにはいた。思い思いの衣装に身を包み、王子に対し、恭しく頭を下げた。その貴族らしき者たちに一瞥をくれると、
「まぁ、座りたまえ」と王子はソファを勧め、自分は玉座のような椅子に腰かけた。王女はその横の床に強引に座らされた。まるで犬のような扱いだ。
「王女……」と悲しそうに九条は呟いた。
「安心したまえ、少しおイタが過ぎたからの仕打ちだ。取って食ったりはせんよ」と王子は笑った。自分を客観的に見る機会など普通はない。僕はそんな奇妙な光景を放心状態で見ていた。
「では話してやるとしよう。そのうち、お前もすべてを思い出すだろう」と僕に向かって言うと、静かに目を閉じると大きく息を吸った。
「これは、王族とは言え継承権の低い者には伝えられない歴史と真実の話だ。姉とは言え、継承権の低い王女が知らなくて当然だと最初に言っておこう」僕たちはその言葉に圧倒された。僕と同じ顔をしているがまるで違う。堂々とし威厳さえ感じる動きに圧倒されたのだ。
「何故、同じ顔なのかが気になっていることだろう。それは、お前は私の意識の一つだからだ」と言い放った。
「なんだって!」と、小林は大きな声を出した。けれども、僕はそんな言葉に動揺の一欠けらも感じなかった。それは予想された答えだったからだ。
「私は、この身体を含めて四体を有する」と王子が言うと、
「それはあり得ない、四体も使いこなせるはずがないわ」と王女が疑うような眼差しを向けた。
「さっきも言ったように、継承権の上位者、すなわち、私だけに許された特権なのだ。そなたが知らぬのも当然であろう?」と王子は冷たい笑みを浮かべ王女を見た。オフィスに居た者たちは、二体の器に精神を分けていると王女は言った。恐らく、研究所の作業員も同じだろう。それが、与えられた動きしかできない理由だとも言うことだ。それを四体も動かすとなると無理だと王女は言ったのだ。けれども、次期、王ともなれば別だと言うことらしい。
「暗殺などから守るためか?」と小林が言うと、
「遠い過去には、そう言ったこともあっただろう」
「ならば、その身体はクローンと言うことだな」
「当然そうなるな。だが、クローンは三体だ」
「三体?」と言ってから、僕はハッとした。
「そうだ。一体は人間そのもの。本体だ」と王子は声を大にして叫んだ。やはり、想像通りに人間の身体を使っていたことになる。
「何故、人間の身体を使う」と、小林は憎しみの目を向け訊ねた。
「有効利用だよ」と王子は悪びれる様子も見せずに答えた。
「有効利用だと?それのどこが有効利用なんだ!」小林の憎しみは更に増大したようである。
「この器を考えてみろ。人間は魂なるもがあると信じているだろ?そんな人間が死ねばどうなる?魂が肉体から離れ、器は単なる肉の塊になり、その時点で人間ではなくなるのではないか?我々精神体が出入りするのと何が違うのだ?そんな肉体だけの器を、我々は利用しているだけに過ぎん」
「それじゃあ……」と康子が呟くと、
「ああ。想像通りに、君らはクローンではなく本体だよ」と王子は答えた。
「何故、そんなことを!」と、王女が叫んだ。
「確かに、古くから我々はクローンを作っては利用してきた。だが、クローンとて劣化するんだ。そう、保存していた本体情報が劣化するのが分かったのだ。言い換えれば、古い人間の情報では、移り変わる時代にそぐわなくなったと言うことだ」と、王女を見下すように言った。まるで『何も知らないくせに』とでも見下しているかのようだ。事実、王女には特権がなく、知らされていないことも多いのだろう。だからと言って、人間本来の身体を乗っ取って良いとは言えない。
「でも……」と王女が何かを言いかけたが、
「そもそも、人間は我々が作ったのだ、文句は言えまい」と王子は王女の言葉を遮り、恐ろしい言葉を吐いた。
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