第55話 記憶装置

 予想通り、記憶装置がある研究室の作業員は、僕らを見ても無反応だった。あくまでも、与えられたプログラムを実行するだけの存在のように、他には目もくれずに動き回っていた。そんな彼らの横を通り抜け装置に座っても、誰も気にも留めなかった。


「これでいいのか?」と操作盤の前で小林が首をかしげた。

「そうね。それで大丈夫そう」と隣の康子が頷いていた。

「晴夫。いいのか?」

「ああ。やってくれ」そう言って僕は目を閉じた。一応、九条たちのチームが護衛に付き周囲を警戒していたが、特に問題もなさそうだ。作業員たちは装置が起動しても無関心。まるで僕らの存在すらも認知できていないようだ。頭の中に僅かな痛みが走った。閉じた目の裏でチカチカと火花が散ったように光が飛び跳ねた。そして僕は深い眠りの中に落ちた。様々な光景が頭の中を駆け巡り、長い時間そこに立ち尽くしていたような気分だ。そこでハッと気が付き僕は叫んだ。


「何時間すぎた?」

「え?1分ほどだけど?」と、康子が不思議そうに僕を見た。

「おい、大丈夫か?」との小林の声を無視するかのように、

「戻らなくちゃ!」と僕は声を出した。

「ちょっと待て晴夫。記憶は戻ったのか?」と小林はまくし立てた。


「全部は理解できてはいないが、戻った部分もある」恐らく記憶は戻っているだろうが、まだ整理がついていない状況だ。強いて言えば、時間系列がめちゃくちゃなのだ。ただ、あの場所に居れば危険だとの認識だけが、僕を叫ばせた理由だった。


「あそこに何かあるの?」と康子が心配そうに訊ねた。僕は一言、

「バレてる」と答えた。

すると作業員が一斉に部屋を出て行った。唖然とする僕らの耳に、


「説明は必要かな?」との声が聞こえた。作業員が全員出ると同時に、十人ほどの警備員と王女が現れた。そして王女の横には僕が居た。王女の腕を掴み、引き立てるように現れたのは、確かに僕だった。


「ど、どういうこと?」声も出せずにいる僕の代わりに、康子が呟いた。小林も目を見開いたまま息を詰まらせている。

「見ての通りだよ。君は僕だ」と目の前の僕が笑った。

「王女さん、どういうことだ?それは誰だ?」とやっとのことで口を開いた小林がすがるように訊ねた。すると、

「お。王子です」と王女はか細い声をだした。


「もちろんこれは単なる器だがね」と、王子と言われる僕が下衆な笑みを浮かべ答えた。自分の顔がここまで歪むのかと、僕は目を伏せた。

「そうか、クローンか」と小林が呟く。

「まだ記憶が定かではないようだな。説明が必要なようだ」と王子である僕が笑いを浮かべた。その笑いは勝ちを悟った笑いなのだろう。王女がここに連れてこられたということは、仲間は制圧されている証拠でもある。僕らの勝利は既にないのだ。


「ま、まだ混乱している」と、どうにか答えると、

「そうだろうね。確かにその装置で記憶は戻るが、本来の使い方ではないからな。弊害が出ても可笑しくないよ」

「な。なに?」と小林は怒りを露わにした。

「そういきり立つな。すべては私の計画通りだったと言うだけだ。説明を聞きたければ話すぞ?」


「この状況では致し方ないだろう」と僕は抵抗することを止めた。

「そうか、わかった。ではついてこい。九条、お前たちも武装を解除し指示に従え。抵抗するだけ無駄だぞ」と王子である僕はそう言うと、くるりと向きを変え部屋を出て行った。僕らはそれに従うしかなかった。仲間も制圧されたであろう上、重装備の警備員に王女まで人質にされているような状態だ。

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