第52話 予期せぬ空間

 警備の者は二人。報告通りにコンソールの前に陣取っている。僕らが近づいてもまるで気にも留めていない。それが普段の巡回の動きだからだ。だからこそ、僕が声をかけた時には、驚きの目を向け同時に警戒心を露わにした。そしてコンソールに手を乗せた。防衛装置の発動スイッチだろう。


「反乱分子らしき動きが近くであったらしい。気を付けてくれ」と言うと、コンソール前の男が小さくため息をつき、隣で銃を構えていた男も僅かに銃口を下に向けた。


「例のか?」一応の情報は届いているようだが、僕らを疑う素振りは全くなかった。彼らが銃を構えスイッチに手を伸ばしたのも、普段と違う行動に驚いただけのようだ。


「そうだ。何か見たら報告するようにとのお達しだ」と答えると、コンソール前の男は盤面から完全に手を引いた。隣の男の銃口も真っ直ぐに下に向けられていた。明らかに警備の二人は気を許した。今だ。そう思ったときには、九条はすぐに動いていた。胸の高さくらいのコンソールを飛び越え、盤面の男を蹴倒した。同時に近藤が銃を向けようとした男に突進した。警備の二人は床に転がされ、あっという間に気を失った。


実戦部隊と警備兵の違いが明確に現れたとでも言うべきか。それほどまでの圧倒的な差を感じた。

直ぐに倒れた二人の代わりに仲間の警備兵が入れ替わった。そして、コンソールを操作し、後ろにある扉を開いた。情報では、扉の先にクローンに関係する施設がある。倒れた二人を引きずり、僕らはその扉へと駆け込んだ。ゆっくりと閉まる扉の隙間から、入れ替わった警備兵がちいさく手を振っていた。


上手く侵入できたとは言え、作業員は居るはずだ。僕らは音を立てずに慎重に進んだ。大きな窓のついた小部屋がいくつか並ぶ廊下を抜けると、巨大な空間に出た。

不思議な事に作業員はおろか、めぼしい装置すらもない空間。ぽっかりと穴が開いたかのような空間には、僅かな音さえなかった。空気さえ静まり返ったかのように、なんの動きも感じなかった。


「こ、ここなの?」と康子が呟いた。

「情報ではそうだが……」

「まるで忘れ去られた遠い昔の遺跡のようね」と九条も呟いた。

「ここじゃないのか?」と小林が僕に向かって訊ねた。

「それだと警備兵を配置している理由は?」と質問を質問で返してしまったが、その答えは誰にも思いつかないようだ。僅かな光を頼りに見渡した限りでは、扉にような物は見当たらない。だからと言って、この巨大な空間に何もないことを信じる気にはなれなかった。


「どこかに通じる扉がないか、手分けして探そう」そう言って、僕らはチームごとに探索を開始した。

広い空間でしかない部屋は、予想に反して綺麗だった。巡回を襲う時に隠れた部屋のように、かび臭く湿った空気もない。長いこと使われていない部屋とは程遠く感じた。言い方を変えれば、つい最近までは利用されていたとも言えそうだ。


「これは何かしら」と、不意に康子が訊ねた。康子の視線の先に目を移すと、小さな穴があり、細い光が漏れていた。

「なんだろう」とその光に僕は手をかざした。

「アイスキャナーじゃないのか?」と小林が言った。アイスキャナーは網膜による個人判別機械だ。

「なんでだ?」と問いかけると、

「ちょうど目の高さじゃないか」との返答が返って来た。確かに小林の言う通り、ちょうど目の高さに合う。手をかざした感じでは特に害を与えるものでもなさそうだ。だが、問題は残る。


「誰の目だ?」

「それは分からないが、何もない部屋に見えても秘密がありそうだ」と小林は答えた。それは全部で四ケ所見つかった。部屋を囲むように配置されていたのだ。

「これじゃお手上げね」と、捜索を終え集まった中で九条が呟いた。小林のアイスキャナーの意見にはみんなが同意したが、どこかに隠し部屋があったとしても見つけることは不可能だろう。なにしろ、四つの目の持ち主に心当たりもなかったからだ。

長居する危険性を考慮し、僕らは部屋を出た。途中にある大きな窓の付いた部屋も調べたが、特に気になる物はなかった。部屋を出るための装置は見つからなかったが、警備兵に扮した仲間がいる。彼らに意識を送り、扉を開けてもらった。


「記憶装置のある所へ向かおう」と提案すると、当初にはなかった行動にも関わらず一同はしっかりと頷いた。日を改めると今日のことも公になり、警備が厳しくなるだろう。そう思ったからだ。

警備に扮した二人はそのままここに残らせた。記憶装置のある部屋を確認してから合流する予定だ。それまでは、誰かが訪れても疑われないように振舞う必要がある。そのための処置だと彼らも納得していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る