第50話 精神体と魂

 幸いにして、王子側の動きは静かだった。公に騒ぎをおこしたくない理由があるようだ。それを知るには、王子の最側近の情報が不可欠だろう。側近の一人が王子を教育し、実権を握っているとの話を王女から聞かされていたからだ。その人物の思惑が解れば、おのずと狙いも見えてくるはずだ。


それと、記憶を戻す装置の在りか。僕らの記憶を戻すことも重要だ。会えば思い出すかもとの期待もあったが、それは残念ながら叶わなかった。同僚であり親しかったと聞かされた望月に会っても、何一つ思い出せなかったのだ。それは小林も康子も同じだった。望月のチームとも合流したが、それも無駄だった。

けれども、何故か彼らを信用できると感じていた。それは記憶によるものなのか、直感と呼ぶべきものなのかもわからない。ただ、そう思えただけだ。


「君たちには、部隊で仲間を集めてほしい」と望月に頼んだ。部隊とは僕らも所属してたところだ。同じように理解を示してくれる者も多いだろうと思えたのだ。

「わかった。君らは仲間内からも人望があった。寝返ってくれるものは多いだろう」

「そうか。だが、無理だけはするな。公に捜索をしていない代わりに、王子側も多くの密使を動かしているはずだ」

「ああ。目立たぬように遂行する」と、望月はチームを率いて部隊に戻っていった。


 僕らの拠点である廃棄場には、時折、破棄された器が流れてくる。それは僕らがこの場所を占拠しているとは知らない証になる。しかし、その器を処理する同胞には辛い役目だ。戦闘に向かない者たちが買って出てくれたが、ショックは大きくなるばかりのようだ。


精神体のみの存在から見れば、所謂、魂を宿した人間も同類だと言うことだ。クローンに対しては、魂のない器と割り切っているようだが、個々の人間は違うように見ている。魂イコール精神体との考えだ。他人の精神体を追い出し、自分たちが入り込むことになる。言い換えれば、対象の精神体を殺し、乗っ取ると見えるのだ。

だからこそ、今回のことにも異論を唱え、同調する仲間が増えたのだ。我々の中でも殺人と同じだと言うこらしい。僕もこの考えに同意するが、大きな疑問が頭を痛めた。


『果たして、クローンには本当に精神体に匹敵するとされる魂は存在しないのだろうか』と言うことだ。これは人間界の中でも問題視されるが、クローンにも意思があり感情があり個性があると考えられている。勿論、公に人間での実験は行われてはいないから事実はわからないが、これでも魂はないと言い切れるのだろうか。意思があり感情があり個性があれば、人間ならば言葉を覚え会話もできるだろう。そうなれば普通の人間となにも変わりはしない。


それでも魂がないと言い張るのであれば、何をもってして魂と呼べばいいのだろうか。そこには、宗教が絡む。人間は科学的な探求をしながら、非科学的な思想にとらわれてる。今回のことで僕はそれを考えさせられるようになった。

人間の間ではそれを道徳心を理由に行なわないが、動物では行っている。動物には魂もないとは思っていないはずだ。『生命は神によって授けられる』と教えているからだ。それは牧場で産まれた子牛でも、橋の下で産まれた子猫でも同じだ。そんな動物を使ってクローンを作るのは、道徳心とはかけ離れる行為ではないだろうか。


恐らく人類はそれらの動物に対して、単なる犠牲と思っているのだろう。人類発展のために多くの動物が犠牲になってきたのは紛れもない事実だ。医療、兵器、宇宙での実験など、人間が過去に動物を犠牲にした例は多い。仮に王子も人類を動物並みとしか思っていなければ、人類同様に単なる犠牲だとの考えに至っても不思議ではない。

そんな考えを直接王子に聞いてみたくなった。







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