第16話 卒業アルバム

「実は……」僕がそう言いかけると

「家がないんだろ?」と小林が遮った。

「お前もか?」

「ああ、康子もだ」小林は俯いたまま答えた。

「どうなってるんだ?」僕はたまらずに小林の襟首を掴み、激しく揺さぶった。

「知るかよ!」その手を振りほどきながら小林が叫んだ。周囲の目が一斉に注がれ、僕たちは口を閉ざした。その視線を感じながら、僕も小林の隣に腰をおろした。


「すまない……」

「いいよ、俺も同じ気持ちだ」

「なんでなの?」康子の声は涙交じりのか細い声だった。

「わからない。なんで俺たちの家が見つからないんだ?つい最近連絡したばかりなのに」

「俺だってお前との同居の連絡をしたばっかりだよ」

「私も……、母の声をしっかりと覚えているわ」

「これじゃまるで俺たちの存在を否定してるかのようじゃないか」

「そんなこと言ったって、現にここにいるじゃないか」

「じゃあ、なんで家がないんだよ」

「そんなこと知らないわよ!」康子はそう叫ぶと駆けだした。とてもじゃないが追いかける気も起きない。自分の置かれている状況が全くつかめないのだ。


地元の街に戻った。だが家がない。家がないと言うことは家族もいない。それでは電話で話した相手は誰なのか。三人そろって実家を見つけられないことなどあり得ないことだろう。その時、駆け出した康子が大声を出した。


「こっち来て!」声のするほうに向かうと、康子は住宅地図の前に立っていた。

そしてある一点を指さしていた。そこには『梅山中学校』の文字があった。三人が卒業した学校だ。そして康子は口を開いた。

「確かめに行ってくる」

「学校へか?」

「ええ。存在を否定されてたまるものですか。、卒業生だからアルバムくらいは見せてくれるはずよ。卒業アルバムに載っているならば、私たちが存在した証拠になるでしょ?」

「ああ、住所の確認もできるし、ちゃんと載っていれば、今が異常なんだと言える」

「よし、行ってみよう」中学校まではさほど遠くはない。三人は足早に歩き始めた。


見慣れた景色は記憶の中に新しい。それでも自分が成長したせいか、すべてが小さく見えた。広いと思っていた学校前の通学路も、今ではさほど広くは感じない。高いと思っていた寺院の壁も、今では低く感じる。やがて四階建ての校舎が見えてきたがその姿は記憶の中と同じだった。三人は顔を見合わせ笑顔になった。それは三人の記憶が間違いではないと語っているかのようだ。


ところが、校舎に足を踏み入れると、思った以上に老朽化しているように見えた。長い年月、そこに存在していたかのように、時の重みを感じた。その上最悪なことに、肝心の卒業生名簿に僕らの名前はなかった。集合写真にも載っていなかったのだ。それでも康子は諦められずに、

「大学に行く」と言い張った。

実家が見つからず、家族の消息さえ分からない。それこそ、自分の存在の証が消えそうな状態だ。康子が必死になるのも理解できるし、僕も同じ気持だった。

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