第15話 消えた実家

 地元に戻るのも一年ぶり以上だ。僅か一年と言う間に駅前はきれいに整理され、真新しい建物も増えていた。ここからはバスだが、康子だけは違う路線だった。


「もうすぐ二時だ。六時にここで待ち合わせよう」そう言って僕は携帯を見た。

「何かあったら連絡をくれ」小林も同意し答えた。四時間しかないが、着実に赤くなり始めている人々を考えれば、それでもギリギリな時間かも知れない。

「わかった」康子はそういうと先に来た自分の路線バスに乗り込んだ。


「周りを見てみろ。この辺の人はまだそれほどはっきりとした赤になっていない。都心と比べるとかなりの差があるみたいだ」とは言え、都心部で見た人たちよりはまだマシのようだ。

「ああ。それに赤くない人も多くなってる」周囲を観察していると、たまに黄色や青の人を目にする。そうは言っても、全く安心できる状態ではない。

家族をどうやって説得するか。それが問題であった。やがて僕たちの乗る目当てのバスがやってきた。


空いてる車内の一番奥に座り、発車の時間を待つ間、僕は黙って外を見ていた。確かに赤くない人も多い。何かが起きても、無事に逃げたおおせる人なのかも知れない。ただ、そこまでの時間的な猶予は分からないことだ。赤くなり始めてから真っ赤になるまで、どのくらいの時間を要するのかが見当もつかないのだ。

渋谷で見たサラリーマンは燃え盛るような真っ赤な霧に包まれていた。その数分後、彼は事故にあった。今、見える人々は、それほど激しい霧に包まれているわけではない。けれども、そこまでの時間的経過が全く予想出来ないのだ。


やがてバスは定時に発車した。二十分くらいで着くはずだ。小林が下りる停留所は僕の降りる場所より二つ先だった。康子と同じように時間の確認をしたあと、僕は先にバスを降りた。懐かしい景色だが、新しい住宅も増え、異次元に迷い込んだ思いすら感じた。駅前ならばともかく、住宅地まで一年くらいでここまで変わるのか、と思いながらも徐々に歩く速度は早まっていった。


区画整理もなされたのだろうか。どこか見覚えのない道に見えた。どこも同じように見える。自宅の近所には間違いがないはずだが、不思議なことに記憶が曖昧に感じた。それでもどうにか見つけた場所は、草の伸び切った空き地だった。


まるで狐に抓まれたような思いで呆然としてしまった。勿論、引っ越したなどとは聞いていない。小林と同居すると連絡したのも、つい最近のことだ。

僕は恐る恐る隣の家のチャイムを鳴らした。この池田家とは面識もある。ところが、扉を開けた人物は見たこともない人だった。その上、隣は十年以上前から空き地のままだと教えられた。

『そんなバカな』と口に出そうになったが、どうも記憶の断片が繋がらなくなっていた。そのあとも似たような住宅地を探し回ったが、結局は僕の実家は見つからなかった。途方に暮れたまま駅に戻ると、小林と康子はすでに駅前の植木の淵に腰を下ろし待っていた。

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