第8話 偶然の一致
「今日な……」暫く飲み交わした後、たわいもない話から僕は本題を持ち出したが、その時、丁度良く部屋のドアがノックされた。
「だれだ?」話の腰を折られた形になったが、不思議と怒りは感じない。
「だれ?」小林がドア越しに尋ねた。深夜を回った時間なだけに、慎重を期したのだろう。すると、
「早く入れてよね」と聞き慣れた声が聞こえた。腐れ縁の一人の康子だ。
「こんな時間にどうしたんだ?」ドアを開けるなり雪崩れ込んできた康子からは、酒の匂いがプンプンしていた。
「サークルの飲み会だったんだけど、電車乗り遅れちゃったのよ」そう言って康子は勢いよく座り込んだ。康子の家はこことは逆方向の電車になるが、終電は五分ほど早い。
「悪いけど泊まらせてね」そう言うと康子は横になりすぐに寝息を立て始めた。
その時に気が付いたのだが、小林と同様に康子にも霧が掛かっていなかった。
「仕方ないな」小林は呟いたが顔は笑っていた。男二人を前にして無防備に寝る姿に多少の戸惑いを感じてはいるようだ。
「で、なんだっけ?」小林は康子に毛布を掛けながら尋ねた。
「いや、いいんだ。大したことじゃない」僕はそう答えた。もしも康子が目を覚まし、話を聞いていたら面倒なことになると感じたからだ。しかも、康子にも霧がない。これは偶然なのか、はたまた必然なのか……。
「そっか、じゃ、静かに飲むか」と小林は缶ビールを持ち上げると僕に渡した。
その時だった。新たな発見をしたは。それは『僕にも霧がない』と言うこと。
受け取ろうと手を伸ばした時、何か違和感を感じ自分の手を見つめた。それから自分の足もみた。けれども、全身を覆っているはずの霧が僕にもなかったのだ。小林と康子、それに僕だけが霧に包まれていない。
「うん?どした?」小林は態度が変わった僕に尋ねた。
「いや、別に」僕は慌てて差し出された缶ビールを受け取った。それからはそれらのことが気になって酔えず、小林は途中で寝たが、僕は朝まで煮え切らない気持ちで熟睡できずに過ごした。
『偶然では片づけられない一致』霧の見えない人間が同じ部屋に存在する。しかも、長い間の友人同士。今まで見掛けることさえなかった霧のない人間。それがこの狭い空間に集まっていた。
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