第6話 オーラ

「なんだ?喧嘩か?」小林は声のするほうへと向かっていった。僕と康子もそれに続いた。どうやらグループ同士で揉めているらしく、八人ほどが慌ただしく動いていた。しかもかなりお酒も入っているようだ。


野次馬もその騒ぎを囲んで見ていたが、警官も現れ喧嘩は収拾するだろうと思われた。ところが、中の一人が隠し持っていたナイフで一番騒いでいた男を刺した。

腹部から激しく出血する様は、野次馬を散らすには十分すぎた。刺した男はすぐに取り押さえられたが、問題は地面で苦しむ男のほうだった。


小林も康子も僕の手を引っ張り、その場を去ろうとしたが、僕は動けなかった。刺された場所が悪かったのだろうか、血だまりは次第に大きく広がっていった。そんな様子を僕はただ見詰めていた。恐怖は感じていない。ただ、足が動かなかった。


結局、救急車が来るまで僕はその場にとどまった。康子と小林は少し離れたビルの階段に腰を下ろしていたが、さっきの店での笑顔は完全に失われていた。

そして救急車に乗せられた男は、最後に僕を見た。見たように錯覚しただけかも知れないが、僕にはそう思えて仕方がなかった。『恐らく彼は死ぬだろう』と直感し、そしてあの日の老人のことを思い出していた。不幸の連鎖ともいうべきなのだろうか。確かに不幸ではあるけど、僕自身が不幸に見舞われたわけではない。だから余計に気になった。


 この二度の経験を境に、僕の生活はがらりと変わった。今まで関心のなかったことや、人物に対しての見方に変化が現れた。そして、何かの使命感みたいなものまでもが芽生えた気がした。


それが何かはわからないが、誰にも話してはいけないような感覚に囚われた。だから康子はもとより、小林にさえこのことは伏せていた。

街中では年老いた人物につい目が向き、大学では元気のない連中に目が向いた。

そのうち、僕の視線内で小さな変化が起き始めた。目を向ける人物には、微かな霧のようなものがかかっているのに気が付いた。その霧には僅かに色が付いていることにも気が付いた。


ネットなどでもたまに見かける『オーラ』なのかもしれない。ところがそんな知識のない僕としては、それがオーラだとは断言出来ないでいた。仮に『オーラ』だとしても、何故、急に見えるようになったのかが理解できずにいた。


死に直面した後には色々なことが起こる。そんな情報もネットで見たが、僕自身が死に直面したわけではない。あくまでも老人の死であり、第三者の死でしかないのだ。それでも、覚醒するのだろうかと疑問だらけである。

この『覚醒』という言葉も、ネットなどではよく見かけるが、きっかけは様々なようだ。そうなれば、僕の経験も一つのきっかけになるのかも知れない。問題はその『オーラ』の持つ意味である。情報は多岐に渡り、どれが正解なのかはわからずにいた。

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