第2話 腐れ縁

「おはよ。経済だるいな」隣にドカッと腰を下ろして話し掛けてきたのは、同期の小林次郎だ。彼とは中学、高校からの友人。しかも、小学校まで同じときている。

小学校当時の僕は小林の存在を知らなかったが、彼は僕のことを知ってはいたらしい。中学に上がり同じクラスになってからは、共に適当な学生時代を過ごし同じ高校、大学へと進んだ、いわば腐れ縁の仲である。専攻も一緒に経済学を取り、ほぼ毎日の行動を共にしている。


「出席だけはしておかないとな」僕は答えた。留年などして両親に要らぬ関心を持たれたくもないからだ。この経済学だって、就職のときに役立つかも、という安易な発想から取った教科だ。実際に就職のときに役に立つかは、今は想像の枠を超えることはない。


小林も将来についてははっきりとした答えを出してはいない状況で、僕同様にのんびりと構えていた。それでも『大学時代にやりたいことを探すんだ』と二人で話し合ったこともあるが、そんな気持ちも今では濁った池の底に沈んでいる。


「晴夫、今日はバイトだっけ?」小林が携帯の予定表を見ながら尋ねてきた。

「ああ、五時から十一時まではシフトに入ってる」

「俺は明日だな」バイトですら同じレストランである。二人で面接に行った時には、同じ時間帯に働けるようにすると言われたが、今では店長の気分と、ほかのバイトの予定に左右されている。長く働いてるから仕方がないのだろうと今では諦めているが、それでも時給が良いので二人して居座ってもいるのだ。


朝一番の経済は誠に地獄である。強敵である睡魔との戦いが始まるからだ。そして間違っても僕が勝つことはない。

それでも携帯を鳴らしたり、スマホをいじってる人間よりはましだと自負している。その証拠に一度も注意を受けたことはない。バレていないとは言い切れないが、教授も自分に対して無関心なようにも見える。

落第点を付けられるまでは僕としても、目の前で教鞭を握る教授に関心を抱くことはないだろう。言葉は聞きにくい上に、魅力のない老人である。


睡魔との戦いの中で繰り広げられた経済学は、その内容をほとんど理解できずにその講義を終えた。早い話が、僕という人間は砂場に混じる一粒の砂のように、取り柄のないまったく目立たない存在なのだ。そんな僕だが、不思議といままでイジメなどにあった記憶はない。自分で言うのも可笑しいが、普通に考えたら恰好の獲物に思えるのだが。


「ボンクラ二人組」講堂を後にするときに声を掛けてきたのは、これまた腐れ縁とも呼ぶべき人間の富山康子だった。腐れ縁と言うこともあり、康子はまるっきり『女』を感じさせない存在でもあった。魅力がないわけではないのだろうが、僕らから見たら幼馴染の枠を越えることはなかった。康子のほうも、こちらの二人には男を感じていないようにみえる。


「どうせ今の講義も寝てたんだろ?あとでノート写させてあげるよ」

「あー、サンキュー、電話するよ」僕がそう答えると、康子は小さく手を振って離れていった。腐れ縁とは言え、何故、いまだに話し掛けてくるのかが、僕には理解できないでいた。だからと言って、話し掛けられて嫌な気持ちもないし、ノートを見せてくれたりと重宝な存在ではあった。


僕のほうはこの後、ほかに受ける講義はなかったが、講義の残っている小林は文句を言いながらも次の講堂へと向かっていった。いつもならば昼まで時間をつぶして小林とテラスで昼食を摂るのだが、なぜか今日はここで食べたいと思わなかった。

バイトは夕方からだし、所属するサークルは休止状態。仕方なく散策でもするか、と大学をあとにして適当に歩き始めた。

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