第51話 突拍子もない賭け

 「閻魔えんま様と賭け……?」


 (静江の口から飛び出す話は、あまりにも突拍子がなさすぎる。もはやどう反応したら良いかわからぬ)


 再びワシが黙り込んでしまうと、悪戯が成功した子どものような顔で、彼女はふわりと微笑んだ。


 その表情が可愛らしくて。本題を忘れてついつい見惚れていると、彼女が得意げにコホン、と咳払いをする。


「三途の川の船頭は、言うことを聞かない私に困りまして。それで、死後の魂の行き先を決める方——私はその方が、私たちの生前の知識で言う閻魔様だと思っているのですけど。その閻魔様らしき方の前に連れて行かれました」


「それで、一体どんな賭けを持ちかけたのでしょうか」


 彼女はまた、ふふ、と笑う。可笑しなことを言っただろうか。


「おじいさんみたいな話され方になったり、かつての貴久様ように敬語になったり、お忙しいですね。どちらの話し方でも、楽な方で構いませんけども」


 その言葉を聞き、本来の自分として接しようとしたが、気づくと「貴久」を演じていた時の自分に、言葉遣いが戻っていることに気づく。


(どんなに時が経っていても、その時代につくられた話し方や接し方は、人に紐づいて引き出される物なのかもしれないな)


 苦笑いをしていると、静江はまじめな顔を作り直し、口を開いた。


「すみません、ついつい話が逸れてしまうのは私の悪い癖ですね。——それで、私は閻魔様に頼み込んだのです。『どうにか貴久様にも、生まれ変わる機会を頂けないか』と」


「聞く耳を持たれなかったでしょう。私は現世で、あまりにも多くの罪を犯しすぎた」


 そもそも、輪廻の対象に含まれていないところに持ってきて、大罪を冒した魂なのだ。そんな我儘わがままが、通るはずもない。


「そうですね。閻魔様は大変怒っておられました。貴久様は余りにも多くの命を奪い、しかも魂の輪廻への干渉をしたと。そんな魂を生まれ変わらせる訳にはいかない、自然に任せて消滅させるのが世のことわりである、と」


 その時の場面を思い出してか、下を向いた静江の顔に、悲しみの色が浮かんだ。だがすぐに持ち直し、再び話を続ける。


 静江と過ごした二年の間、こんなにも彼女の表情がくるくると変わることはなかった。現世を離れ、自由になったことで、少し開放的な性格になったのかもしれない。


「でも諦めきれなかったのです。だって、私を助けてくださった、私が心からお慕いしている方が、消えてしまうなんて。ですから、私は条件を出しました」


 涙ぐみながら、彼女は再び、今度は慈愛に満ちた表情で、笑った。


「呪いの道具として生まれた魂が、人を愛し、理解し、助け、そして愛した人間のために自分の幸せを犠牲にすることができたなら、貴久様に輪廻の機会をお与えください、と」


「……一蹴されたでしょう」


「ええ、ええ、鼻で笑われました。そんなことあり得るはずがないと。あれはそんな風に作られてはいない、と言われました。でも、絶対に無理だと思われていることでないと、条件になりませんでしょ。——そして、大きな賭け事には、自分の一番大切なものを賭けねばなりません。


ですから私は、私の魂を賭けました。貴久様が条件を満たせなかった時には、我儘を言って手間を取らせた代償として、どうぞご自由にしてください、と。閻魔様の下働きとして使っても、消滅させても、どうしていただいても構いません、と」


 ワシは驚いて、自分の腕の中にいた静江の両肩を掴み、思わず叫んだ。


「なぜ、なぜそんな無茶なことをしたのですか。いつになるかもわからない、ましてや、私があなた亡き後、再び人を殺して回ることだって可能性としてあったはずです。……本来、私はそういう存在なのですから」


「信じていたのです」


 ワシの言葉に、被せ気味にそう答えた、意志の強そうな大きな瞳は、真っ直ぐに私の目を射抜いた。


「私のために泣いてくれた貴方を、信じていたのです。きっとあなたは、私が愛したあなたは、畜生に落ちることはないと。そしてきっと、人間を理解し、愛してくれると」


「……あなたという人は、本当に」


「あまりにも待たされて、待ちくたびれてしまいましたけども。でもまあ、よしとしましょう」


 わざと、おどけた表情を作った静江は、自分の肩に置かれていたワシの手を握り、真っ白な空間を指差して言った。


「閻魔様の元へ向かう前に、貴久様が助けたお二人のその先を見に参りましょう。最後を見届けないまま逝くのは、心残りになるでしょう?」

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