第20話 女の影

 店を出た後、森本さんが私を案内してくれたのは、先程のラーメン屋からそう遠くない場所にある、ゲームセンターだった。ビルの四階部分までがすべてゲームセンターになっているところで、様々な種類のゲーム機がおいてあるらしい。


「ゲーセン苦手?」


「友達とも、高校時代にたまーに行ってましたよ」


「そうか、じゃあ大丈夫だな。さあ、遊ぶぞ! 」


 森本さんがはじめにやり始めたのは、音楽に合わせて和太鼓を叩くゲームだった。見物しているつもりだったのだが、「せっかくだからやっとけよ」と、有無をいわさずバチを持たされてしまう。


「なんだよ、いやがってた割にはうまいじゃねえかよ」


「音楽系は結構得意なんです・・バンドやってたんで」


「バンド?! みさきちゃんが? あ、やべ、見失った」


 そんなに意外だったのだろうか。驚いた彼は、そこから調子を崩してしまい、結果は大きな得点差をつけて私の勝利。「いまのはナシだろ! もう一回!」という森本さんの勢いに負けて、彼が再び小銭を入れるのを許した。


「年の離れた弟がいるんだけどよ。一時期はよく一緒にゲーセン二人で来てたんだ。最近は学校の友達と遊ぶほうが楽しいみたいだな」


 森本さんは、今度は画面から目を話さないようにしながら、おしゃべりを続ける。弟がいる、という話は初めて耳にした。


「二人兄弟なんですか? ってことは四人家族?」


「兄弟は弟が一人だな。で、三人家族。うち父親いねえんだわ」


「あ・・・すみません・・・」


「謝ることねえよ。色々あってな、小さい頃からいねえんだ。母さんも体弱くてさ。それで高校卒業してすぐ大工見習いになったわけ・・・よっしゃあ、最高得点!」


 ガッツポーズを決める彼の横で、私はキュッと、胸が締め付けられた。


 彼にあんなひどい仕打ちをした私は、温かい家庭の長女として生まれ変わり、これまでなんの不自由もなく生きてきた。生活には余裕があったし、大学も奨学金を借りずに通わせてもらえている。


 なのに――自分の大切な人々のために自分の幸せを使い切った彼は、再び家族のために自分を犠牲にする人生を強いられていたのだ。


「森本さんは・・いまの生活、大変じゃないですか?」


「え、あ、ごめん。なんか心配させちゃった? ぜんぜん平気だって。確かに一時期は大変だったけど、弟も頑張って公立高校入ってくれたし、母さんもパートだけど、最近仕事復帰できたし。それに俺はさ――弟と母さんが幸せなら、それでいいんだわ」


 へらへらしながら、「次はクレーンゲーム行くか!」と、私を手招きする彼の背を追って歩き出す。

 

 ――また、彼は同じ道を繰り返すのだろうか。


 今度は「幸せを切り売りする力」なんて、きっと持っていないと信じたいが、そんな力がなくとも、彼は自分を犠牲にして、誰かの幸せのために笑って死んでいく気がしてならない。


 自分の家族の話をしたとき、自分の人生を「こんなもんだろ」と、諦めたような笑いをする彼の顔が頭に残った。


(言ってしまえば他人の人生だし、本人がそれでいいって思っているならっていう考え方もできる、けど・・・)


「おい、みさきちゃん。なんかほしいやつあるか? とってやるからさ」


 彼に話しかけられて、我に返った。私は考え事をしていたのをごまかすように「うさぎがいいな」と自分の希望を伝える。せっかく森本さんが、楽しませようとしてくれているのだ。今は彼との時間に集中しなければ、と思い直す。


「見てろよ」


 森本さんは、器用にクレーンゲームのバーを操作し、うさぎのぬいぐるみについたタグの輪っかを引っ掛ける。結構重さのありそうな商品なのだが、輪っかをしっかり引っ掛けていたお陰で、無事出口に落ちてきた。


「ほらよ、プレゼント。うまいもんだろ」


「おお・・・ありがとうございます。・・めちゃくちゃ器用ですね」


「一時期ハマったからな。うっかり数千円も費やして、昼飯代までスっちゃったこともしばしば・・あれは高えぬいぐるみだったな・・」


「なにやってんですか」


 おどけて笑う森本さんにつられて、私も笑顔がこぼれた。人が深刻な顔をしたりすると、こういう風に笑わせにかかるのは、今も前世も変わらない。


 ゲームセンターで一通り遊び倒した後、公園で二人でクレープを食べた。好きなアーティストの話や、仕事や学校の話、好きな食べ物の話。他愛ない会話をする中で、やはりこの人と一緒に過ごす時間が、誰と過ごす時間よりも穏やかで、楽しいものだと感じる。


 ただ、今日、こうして森本さんと深く接してみて思ったのは、「全てが前世と同じわけではない」ということだ。魂の器が同じでも、育った環境でやはり違いが出るものなのだろう。昔の夫と重なるところが多いが、今の森本さんならではのところもあった。


 そろそろ夕方に差し掛かるというタイミングで、「そろそろ帰りましょうか」と、私から声をかけた。明日も仕事のはずの彼を、遅くまでとどめておくのは申し訳ない。森本さんは、一瞬寂しそうな顔を見せた気がしたが、「・・そうだな!」と私の意見に同意した。


「みさきちゃん、家はどこなの?」


「私は鶴川の方なので、井の頭線から小田急ですね」


「俺は登戸だから、途中までは一緒だな」


 そう話してまもなく、渋谷駅の改札口についた。電車は途中まで一緒だが、もうすぐ森本さんと離れ離れになるということを考えると、少し寂しい。次も会うことはできるのだろうか。


「あのさあ、みさきちゃん」


「なんでしょう」


「その・・もしよかったらさ、また・・」


 森本さんが何か言いかけた瞬間――視界に誰かが飛び込んできた。


「ちょっとたけし、何してんの? ・・・てか、誰この地味な子」


 派手な明るい茶色のロングヘアーをかきあげた綺麗な女性は、森本さんと同じくらいの年だろうか。髪だけでなく、服装も派手で、胸元のざっくりあいたスプリングニットと、スキニージーンズを掃いている。彼女は私に敵意をむき出しにしたような顔をして、彼の左腕を自分の両腕でぐっと抱きかかえた。


「え、典子? ・・つーかみさきちゃん、これはその・・」


 彼女のその姿を見て――表現しようのない苛立ちと、やるせなさがこみ上げてきて、この場にとどまることが出来なかった。


「・・・私、用事思い出したので、ここで失礼します」


 私は下を向いたまま、森本さんの制止も聞かず、早歩きでその場を後にした。

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