第13話 あなたのことを、知りたいのです
翌日、私はお昼を素早く済ませた後、友達の輪を抜け出して件の大工さんを探しに行った。
「よく校舎裏で、一人で昼休憩をとっているのを見かける」という情報を得て、A棟から順番に校舎裏の休憩できそうな場所を確認していく。
すると二箇所目で、顔に真っ白なタオルをかけ、両手を首の下で組み、仰向けで地面に寝転がる彼の姿を見つけた。
日陰で涼んでいるらしいが、七月にしてすでに猛暑の片鱗を見せている今年の夏は、日陰でさえも蒸し暑い。いくら肉体労働で疲れていると言っても、寝づらくはないだろうか。
声をかけようと口を開くが、本人を前にするとやはり緊張してしまう。期待と不安が入り混じった複雑な心境だ。眠っているのかもしれないと思い、話しかけようかどうかしばらく躊躇したが、思い切って声をかけてみた。
「あのう、すみません」
私の問いかけに、男は顔にかけたタオルを下にずらし、眠そうな眼差しをこちらに向ける。やっぱり寝ていた。せっかくの休憩時間なのに、申し訳ないことをしてしまった。
「おお・・どうした。なんか俺に用か? 今日はあっついなぁ」
休憩時間を邪魔されたにも関わらず、迷惑そうな顔一つしない。クリクリした目に、人の良さを滲ませる笑顔は――姿格好は違えど、あの人そのものだった。
決して美青年というわけではないが、整った顔立ちはしている、しかしそこはかとない田舎臭さがある。私の記憶にある彼と比べるとだいぶ若く、その分の精悍さはあった。
印象は似ていても、それが確固たるものであることを確認するためには、もう少し情報がほしい。でも、下心があるとわかれば、他の女子生徒よろしく、一気に線を引かれてしまうだろう。
「大工さんの仕事って、大変ですか」
考えたあげく、出てきた質問は、唐突すぎるものだった。
「・・・そりゃあ、まあなあ。炎天下でも作業しなきゃなんねえし、重いものも持たなきゃなんねえし、大変ではあるなぁ」
彼は体を起こし、背中についた土を払いながら答えた。
「そうですよね・・なんで大工さんになったんですか」
「・・お嬢ちゃん変わってるね。俺に話しかけてきた子は何人かいたけど、なんで大工になったのか聞かれたのは初めてだなあ。もしかして大工に興味あんの?」
「・・建築学部に行きたくて・・」
嘘ではない。本当に建築には興味があったし、進路もそっち方面で考えていた。声をかけた動機は、別のところにあったが。
「そうかあ。もし興味があるんだったら、監督を紹介してやるよ。俺は下っ端だから、細かいところはわかんねえからさ」
「ありがとうございます、考えてみます・・。その、まだ、直接話を聞く勇気はなくて・・」
見知らぬおじさんにあれこれ聞くスキルは持ち合わせていなかったので、即答は避けた。でも、これでまた、話をする機会ができたのは嬉しい。
「そっか。腹が決まったらいつでも言えよ。じゃあまたな」
休憩が終わったからなのか、それとも学生との接触を極力避けているからなのかわからないが、昼食のパンの空袋がいっぱい詰まったビニール袋と、大きな水筒を引っ提げて、彼は校舎裏を後にした。
もう少し話していたかったが、今日はこれ以上の話題が思いつかない。七十年に及ぶ前世の記憶が呼び覚まされようとも、今の彼との会話を続けるためのヒントを、私は持ち合わせていなかった。
私は汗がじんわりと
「やっぱり・・にてる」
記憶にある「夫」の後ろ姿が、彼の姿に重なる。
猫背でガニ股、片手をポケットに突っ込んで歩く癖。学校内ということで、タバコは吸っていないようだったが、作業着にはかすかにその香りが残っていた。
懐かしい夫の影。だけど今生の世では、赤の他人。再び同じ人を好きになることが、幸せかどうかはわからない。だけど、追うにしろ離れるにしろ、あともうすこしだけ、昔の夫の面影に、浸っていたかった。
あと数週間もすれば夏休みに入る。改修工事は一月末までと聞いているので、話しかける機会はまだまだあるはず。
(来週から中間テストか・・。放課後にしっかり勉強するようにして、お昼休みにはまた話しかけに行こう)
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響くまで、私は彼が去っていった方向を、しばらく眺めていた。
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