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「ひょう」


「……急に、呼ぶじゃん」




手を大きく広げて、ぎゅっと佐藤氷を包み込む。


彼の体は少し震えていて、熱くなっていた。




ここにいるのは、ギャルの佐藤じゃなくて、私にありのままぶつかって来てくれる、私の彼氏の佐藤氷。


私が愛しく想う、私だけの知っている佐藤氷だ。




「もう、ここには私しかいないよ」


「……うん」


「強がんなくていい」


「………………っ」




胸元が、氷の涙で濡れていく。


これくらい後で着替えればいい。


今はこの、ぐちゃぐちゃな感情に支配された、強がりな佐藤氷を受け止めることが、私の役目。




「涙はいいけど、鼻水はこのティッシュに出してよね」




ティッシュボックスとゴミ箱を氷の隣まで引きずって置くと、すぐにその箱に手が伸びて、私の胸元でじゅるると音を出した。


……ちーんなんてかわいい音なんかじゃなかった。


鼻ん中にめっちゃ溜めてたんじゃない。




「おばか」




頭をぽんぽん、優しく叩く。


私の元に来るまでにもそんなに溜め込んでいただろう氷が、崩れるように私に縋りついて泣く姿に、なんだかくすぐられる。


母性本能のようなものだろうか……怠惰な私にもそんなものが備わっていたのか。




そんな氷を優しく撫でていると、そのうち落ち着いてきたのか、すぅすぅと深い呼吸が聴こえてくる。


深い呼吸が……??







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