第7話

『あれ…?あの最下位の名前って』

順位表を確認し終わって波斗は廊下での騒ぎに気付いた、気になってもう一度掲示板の場所に戻ると周囲がさっきとは違うざわめきだった。

『なぁ、こんな名前の生徒って校内にいたっけ?』

『わかんねぇよ、俺クラス全員の名前すら知らないのに。』

『ううん聞いたことある、確かこの名前って…』

人ごみをかき分け掲示板を改めて注目すると最下位の名前に波斗は驚いた。

「○○○位×××点 紫瑠子」

(本当にうけてくれたんだ…)

胸に何とも言い難い不可思議な気持ちが波斗をいっぱいにした。と、その時

「どいて下さい!!」

後ろから悲痛一杯一杯の声が響き渡り全員が後ろを振り向くと右手に極太マーカーを握りしめて瑠子が息を切らしながら立っていた。

本人の身体から発する異様なオーラに人ごみの真ん中に綺麗に空間が出来、口元をへの字に曲げて顔を真っ赤にしながら何も言わず瑠子はズカズカと突き進んだ。

目的の掲示板にたどり着き瑠子が取った行動はまず自分の順位を極太のマーカーで上から一直線に引き消して

「ごめんなさい!!本当に最下位を取ってしまいごめんなさいっ!!」

と皆に頭を下げた。瑠子はずっと無我夢中で行動していたので、はっ!と我に帰るとまるで未確認生物を見たかの様な視線が瑠子に集中していた。

その中で瑠子は見てしまった、この事柄のきっかけをつくった張本人鮎真波斗の姿を

あまりの皆の視線に耐えられず泣きそうな顔をして瑠子はその場を去っていった。

「あっ!ちょっと待って!!」

去り行く瑠子の姿がいたたまれず波斗は瑠子の後を追いかけた。

授業開始のチャイムが鳴ってもかまいもせず波斗は校内を探し回った。

まさか本当に約束を守ってくれるとは思わなかった…

歳が自分達生徒と変わりないから、と言っても相手は調査として学校に来ている臨時講師という立場。夕焼けが差し込む誰もいない実習室で交わした「お互い頑張ろう」と声をかけてくれたけど波斗には諦めの気持ちと叶って欲しい気持ちが半々にあった。

だけどもあの時は先の事など分からないから自分は一生懸命自習にはげみ、少しでもお互いに結果を見て、談笑したりあわよくば仲良くなれればと、淡い期待を描いていた。だけども自らが起こした行動は結果彼女を傷付ける羽目になってしまった。

(そういえば俺あの時もう一つ言ったよな…)それは

「で、どっちかが勝ったらご褒美をあげる」

ああ覚えてる、確かにそう言った。何がご褒美だよ畜生!!

己のうぬぼれ加減に閉口してしまったがそれを含めてすべて彼女に謝りたかった。

思い当たった場所は一つしかなく波斗が廊下から中を覗き込むと瑠子は椅子に掛け机に顔をうずめていた。

「・・・・入っていいですか」

返事はない、仕方なく波斗が遠慮がちに実習室内に入っても瑠子は頭を上げてくれなかった。

「あの…本当にすみませんでした…」波斗はその場の気まずい空気の中ふり絞った言葉を投げかけた。けれども瑠子は何も言ってくれず机に顔をうずめたまま

「本当に…俺の軽はずみな行動で先生に迷惑かけてしまって…決して恥かかそうとかで言ったわけじゃないんです…ごめんなさい」

しばらく沈黙が続いた。

(何も答えてくれない…)

急に不安になってしまった、もう彼女は俺に顔を向けてくれないのだろうか?

せめてその不安を振り払おうとして波斗は必死に言葉を探した。

「あの…俺のせいだから、責めてくれてもいいです。ただ、これだけは本当で…」

波斗は息をのんだ

「俺は先生とコミュニケーションが取りたくて…」

「…高校の勉強て難しいんだね。」

最後まで言おうとした言葉はさえぎられた、ずっとうつむいてた瑠子は顔を上げた。

その顔は目元は少し涙ぐみ頬は真っ赤になっていてぐしゃぐしゃな表情だった。

波斗はそんな彼女と目が合い必死で探していた言葉を見失っていた。

「・・・・」

「何であんなことしたんだろ」

「・・・・」

また彼女がうつむいてしまう、そんな姿を見るために此処に来た訳じゃない。

だけどこの場に合いそうな言葉が出てこない、なら

何も言わず波斗は瑠子の席に近づいた。そっと瑠子のうつむいた頭に手をのせて

予想外の感触に気付いた瑠子はびくりと体をふるわせ顔を上げると

目の前に波斗の神妙な表情がひろがっていた。

瑠子と目が合った波斗は何も言わずに口唇を合わせてた。

室内の空気が止まった

波斗は顔をあげると瑠子の真っ赤にキョトンとした顔を見て身体中に安心感が満たされた気がしてようやく一つの言葉が浮かんだ。

「ありがとうございました。」

波斗は自分の顔のこわばりを直そうとなるべく笑顔をつくった。

「俺の提案に一生懸命参加してくれて…」これが俺の感謝の気持ちです。」

けれども波斗本人の心とは裏腹に瑠子の心はざわめいていた。

「あっ、あぁ、あぁ”…」

声にならない声を瑠子はあげた。


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