第13話 結束◆

 碓井は、今日も母親のお見舞いに行っているのだろうか。大変なのに、皆の為に頑張ってくれた。碓井の母が、すごく元気になることを祈った。


「だから、それじゃ無理だって!」

「そこを何とかしてよ!」

「忙しいところ、ごめんね。どうかな」


 衣装係は白熱していた。頃合いを見て、リーダーの和田に、そっと声をかけた。和田は「うーん」と唸ってから苦い顔で頷いた。いつも和田は笑って「大丈夫」とだけ言うので、あさきは気になった。


「ちょっとやばいかも」


 おどけるように笑っていたが、和田の声は明らかに弱っていた。


「そっか。どうしてか、聞いてもいい?」


 あさきは和田を追いつめないよう、努めてやわらかに尋ねた。和田はあさきの目を見つめた。あさきは見つめ返す。そうして、しばらく見つめ合っていたが、和田は一度唇を引き結んで、それから「実は」と開いた。デザインを持ち出すと、ばっとあさきの前に広げた。


「衣装は決まったの。藤達が、今日持ってきてくれた」


 衣装は、シャツなどの既製品を調達し、それをうまくアレンジして作ることとなっていた。紙には衣装のデザインとアレンジ案が、びっしりと書かれていた。あさきは息をのんで見つめた。


「すごいね! こんなの思いつかない」

「そうでしょ」

「ただ」


 あさきは言いよどむ。水を差すようで、申し訳ない気持ちになりながら和田を見つめると、和田は心得ているという顔で頷いた。


「けど、これを作るには、材料と、あと、たぶん時間も足りないの」

「やっぱり」

「それで、萩達ともめちゃってるの。でも、藤達、塾もある中で、すごく頑張ってくれて」


 和田が視線をよこした先で、藤と萩が言い合っている。萩は、衣装の材料の調達や、人手などをまとめていて、藤の案は現実的ではないと言っている。藤は、頑張ったからどうにかしてほしいと、譲らない。和田はためいきをついた。


「どっちの気持ちもわかるの。だからどうにかしたいんだけど、でも、私、藤に言えなくて」

「わかった。今日の話し合いで、私から言うよ」


 あさきは、ノートにメモを取ると、和田を見た。和田は不安そうな顔をしていた。


「どこも材料には困ってて、皆にちゃんと話さなきゃな、と思ってたんだ。それで、話し合って、何とかなればよしだし、ならなそうだったら、藤さん達に言う。でも、たぶんだけど、言うことになると思う」

「いいの?」

「うん。和田さん、だから藤さん達のこと、フォローしてあげてほしい」

「私、うまくいくかな」


 和田は首を振った。


「大丈夫だよ。だって和田さん、すごく頑張ってるもん」

「でも」


 あさきは、和田の目をのぞき込む。和田の目が涙でゆらゆらと揺れていた。


「いつもありがとう。だから、しんどいときは頼って。一人じゃないよ」


 和田はうんと頷いた。あさきは、その背をそっと抱いた。それから、クラスの皆を見渡した。皆一生懸命だ。


「皆さん、お疲れさまです。今日の報告を始めます」


 作業の時間が終わると、皆で輪になり集まる。それぞれの係のリーダーを中心に、その日の進捗や気づいたこと、要望などを皆に報告するのだ。それに対し、皆が疑問や案を出して、情報を共有し、すり合わせていく。あさきはメモを取りながら、時折、質問や合いの手を入れた。和田が、材料の不足を報告した。


「ああ、材料足りないやつ。でも、うちも足りないくらいなんだよな」

「うちも、まわすのはちょっときつい」

「そっか。吉田さん。予算、どうなってますか」


 自身もメモを見ながら、予算の計算をしている吉田にあさきは尋ねる。


「ぎりぎりだね。むしろもっと削りたいくらい」

「決まってあるのをもう少し安くするしかなくない。衣装の、ちょっと食い過ぎじゃない? 減らせない」

「いや、本当に限界」

「このリボンとか、もう少し安くできるよ。まず量だよ。量買おう。できなきゃどうにもなんないんだし」

「でも、せっかく作るのにしょぼいのはやだよ」

「だから。そもそも、見せるのはこっちの工夫でしょ」


 萩の言葉に谷が返すと、むっとした様子で藤が谷に言い返した。すると、谷は、少し語調を強めてまた言い返す。藤の眉間にぐっとしわが寄った。


「うちらがまず困ってるって話をしてるんだけど! 何で責めてくるの」

「だって、こっちだって少ない中でがんばってるんだよ。衣装が予算取るから」

「待って。いったん落ち着こう」


 あさきが制止する。二人はしばしにらみ合っていたが、やがて息を整えた。あさきは、二人を見て、皆を見た。そして、これからの行くべき先の決断をした。


「皆、いいものを作りたい。だから、譲れないものも出てくると思います」


 皆この劇をいいものにしたいのだ。大激論になることもあるが、それは皆の熱意ゆえのことだった。あさきのすべきことは、皆の気持ちを出来る限り尊重し、そして、一つの方向にまとめることだ。


「係が違っても、私たちは、一つの目的に向かってる。大変な事があったら、助け合っていきたい」

「でも、実際無理だよ」

「うん。皆、本当にいっぱいいっぱいまで頑張ってくれてる。だから、お互いが何を大事に思ってるのか、話し合おう。皆の意見や工夫を共有しよう。藤さんのデザインの魅力も、谷さんの工夫の魅力も、どっちも大切なものだと思う」


 藤と谷が、決まりの悪い顔で、視線を行き交わせ、それからあさきを見た。

あさきは立ち上がり、頭を下げる。


「皆。材料が足りない問題については、私の見通しが甘かったです。皆に大変な思いさせて、本当にごめんなさい。今、清水先生とか、他の学年とかに掛け合ってるけど、もし間に合わなかったら、それは私のせいです。なのにお願いします。藤さん、間山さん、鈴木さん、沢野さん。材料が少なくてすむデザインを、考えてください。谷さんや皆は、藤さん、間山さん、鈴木さん、沢野さんを助けてあげてください。皆が本当に頑張ってくれてるのに、ごめんなさい。力を貸してください」


 考えた末、言えることはこれだけだった。藤は目をつり上げたが、何も言わず、うつむいた。不意に、「バカ」と声があがった。


「いい子ぶってんなよ。あさきだけの問題じゃねーじゃん」

「そうそう。皆の問題じゃん」


 島だった。奥村が続く。和田が、決意した顔で、藤達に向き直った。


「私からもお願い。本当は私が言わなきゃだった」

「和田ちゃん」

「藤、本当にごめん」


 和田が頭を下げた。藤は眉を下げて和田を見る。それからうつむいて、鼻をすすった。抱えた膝に顔を埋めて、泣き出した藤の背を同じくデザイン担当だった間山がさする。


「今のよりいいのできるか、わかんないけど」


 間山が、ぽつりと返した。和田は首を振って、「ありがとう」と繰り返した。


「それなら、俺らも頑張ってみるよ」


 久岡が声を上げた。つとめて明るく出した声だった。


「手伝えることあったら、言って」

「皆、頑張ろう」


 秋田が声を上げる。それに皆の声がのった。


「ありがとう」


 あさきは、皆にお礼を言った。「おう」と声が返ってきた。あさきは、心がぶわりとあたたかくなった。


「皆、今日もありがとう。また、今日の分のノート上げるから、わかんないところあったら、教えてください。終わります。お疲れさまでした!」


 話し合いを終えて、あさきが、そう締めくくると、皆はうなずき、または鼓舞するように、かけ声を上げた。各々が帰り支度をする中で、あさきは一人、「六年三組ノート」にまとめを書き込んでいた。今日は、皆にとってつらいことも言ったが、皆まっすぐにぶつかってくれた。その気持ちに応えるために、もっと頑張ろう。決意を新たにしていると、不意にスマホが震えた。

 父からだ。あさきは通話ボタンを押し、耳元に当てる。


「お父さん?」


 ことさら明るい声を出した。一気に心許なくなった気持ちを、奮い立たせた。


『あさき』


 父の声は、震えていて切迫していた。声だけなのに、青ざめているような気がした。あさきは、スマホを持っていない方の拳を胸の前で握った。


『お母さんが病院に運ばれた。迎えに行くからすぐ準備してくれ』


 指先からざあっと、血の気が引いた。

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