1.

 無抵抗だった。魔女の話だ。魔女の名は春滝といった。我々は本部からの情報をもとに春滝の居所を特定し捜索にあたった。捜索班は計六名。ほぼ現場経験のない若造が四人と班長、それから私。捜索はもとより魔女の捕縛には労すると考えていた。それは私以外も同様だったはずだ。何故なら魔女狩りが犠牲を伴わなかった事例はない。相手が一人に対して六人がかりであっても決して多勢とは言えない。それも新人ばかりなら尚のことである。しかし事はあっさりと運んだ。春滝は自ら投降してきたのだ。魔女は戦意がないと言った。とはいえ我々も真にうける莫迦ではない。警戒は解かなかった。春滝は両腕を差し出し錠を課せと言った。私は班長と顔を見合わせ、班長が春滝の腕に手錠を掛けた。春滝をトラックに乗せ、私が運転した。車内の魔女と私を除く全員は銃を構え、魔女の攻撃を警戒していた。告白すると、私も実際の魔女と対面するのは初のことだった。正直なところ拍子抜けだった。これが魔女なのかと。その姿形は年若い、見ようによっては十代の少女のようにあどけなさが感じられた。

「運転手、お前の名を聞かせてくれないか」

 班長が即座に黙れと牽制した。春滝はそれくらい構わんだろうと笑う。私は答えた。宮部丞みやべすすむ。確かにそれくらいは構わないと思えた。トラックが砂漠地帯に差し掛かる頃、私は魔女の恐ろしさを知ることになった。何も見なかった。どういう手段かはわからない。春滝が少し寝ると言って、私はバックミラーに目を向けた。そこに映るはずの私を除く五名の人間が消えて無くなっていた。私は車両を停止させようとした。

「止めるな。消えたくなければ、だが」

 踏めなかった。汗がどっと噴き出るのがわかる。何かを言葉にしようとするが出てこない。呼吸が苦しくなる。意識を保とうと必死だった。魔女はそのまま眠った。以降のことは先程話した通りだ。私は魔女を取り逃した。何が起きていたのかなど到底知る由もない。


「まあ要するにこの任務は失敗に終わったというわけだ。宮部伍長。君だけが生還した。軍部としてはそれが何よりだ」

 目の前で禿げが嫌味を言った。嫌味で済めば良い方で、禿げが何を示唆するのかは私にも分かっていた。魔女狩りは軍の任務でも重責なもので、失敗は極刑を意味する。そもそも魔女狩りに失敗した者が生還する率は極めて低いというのはあったが、ともあれ私は処刑されることになった。ここで私は春滝の言葉を思い出す。仕える価値。そんなもの元よりなかった。私はこの国に生まれ、この国で教育を受けた。価値観はそこにしかなく冷静な人間ならばそれを価値と認めなかったろう。いわば成り行きだった。偶然の素養で今ここに立っている。禿げがニヤニヤと私の死を期待している。私は何になりたかったのだろう。首にかかった縄。あまりにも時代遅れなやり方ではあったが、絞首は確実に私を殺す。魔女を取り逃がしていなければ、私はここでもう少し生きた。ただの偶然に生かされて、意味を感じない日々が間延びしただろう。軍部で力をつける。それには遅すぎた。私の偶然はもうずっと昔に終わっていたのだ。不思議と後悔はない。死後というものを本で読んだ。俄に信じ難いが、人は死後、魂が分離し新たな生命に宿るという。それは人ではないかもしれない。行く先はまた偶然の為すところ。

「宮部、最後に言いたいことはあるかね」

「クソ野郎」

「引け」

 私は目を閉じた。底が抜けて身体が落ち、首の骨が折れる音。それは何より恐怖だった。よもや自らにまだ不安やあまつさえ生きたいなどという気持ちがここまできて甦るのか。ものの数秒間で様々な感情が反復し自我が狂い始める。死を前に死を得る。私は終わった。


「契約を果たそう」


 風が凪いだ。無音。それは一瞬。私の命運を握った兵士の腕が、腕だけが宙を舞った。悲鳴の始まりと共に立ち会った人間達が次々と血飛沫をあげてゆく。その場の責任者であった禿げが腰を抜かしてへたり込んだ。

「止s」

 止せと、そう告げる前に魔女、春滝は禿げの上顎から頭の先を消し飛ばした。私はまだ生きていた。

「宮部、待たせたな」

「なぜ」

「これは契約だ。君は生きたいと願った。あのまま死にたければ、その縄より先に私が殺した。だが君は生きたがった。意外ではあったが、私はそちらを叶えることにした」

「契約だと。俺は! 俺は軍人としてここで!」

「まだそんなことを言っているのか。存外めんどくさい男だな。カタチにこだわる。"俺は"? なんだ。その先を言ってみろ」

「私、私は」

 俺はいつから自分を「私」と呼んだのだろう。


「カロン、聞こえているか」

(ええ、もちろん聞こえています)

「この男を連れ帰る」

(まあ、正気でして。臭そう)

「お前の感想はいい。転送して」

(仰せのままに)


 全身が光の粒になって消えていく。

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