Maggot Brain
川谷パルテノン
プロローグ
でかい虎の顔をプリントしたTシャツを着ていた。気怠そうな寝起きの顔はまだ口元に垂らした涎を拭えていない。
「春滝、余裕だな」
私はこの女の子守りではない。この女は魔女で、私はその搬送を担う。捕縛した魔女は中央都に引き渡すのが義務である。私は軍人だ。階級は高くはないがこの任務を成功させれば昇進も大いにあり得る。
「宮部、とか言ったな」
「それがどうした」
「交渉だ。私を逃がせ。そうすればお前の望みを一つ叶えてやってもいい」
「お得意の呪いでか。願い下げだな。私はお前を引き渡して軍部で力をつける。だいたいその上からの物言いが気に入らん。立場を弁えろ」
「立場か。宮部、君の立場とはなんだね。このようなちゃちい拘束具で私を捕らえて、それを優位に捉えているなら笑い種だ」
「黙ってろ。もうじきに
「宮部、君はこの国が良い国だと、仕える価値があると、まことに信じているのか。君に一つ教えてやろう。この国ではこのドチャクソ可愛い虎Tシャツは売っていない」
軍用トラックは砂塵を巻き上げながらもう一時間ばかりを走った。その間、私は一言も発さなかった。春滝はアイマスクをして深く眠っているようだった。血の気が引くのを感じる。
「何をした!」
返事はない。屍のようだ。
「答えろ! ……起きろ!」
「なんだい。喧しいな。着いたのか」
「どうやってアイマスクを取り出した!」
「言っただろ。これは優位性ではないんだよ」
急ブレーキを踏んだ。砂が立つ。既に春滝の姿はなかった。魔女。そんなものは信用しない。呪い。見たこともないまやかしが銃火器に勝る筈もない。私は砂地を蹴った。
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