第15話・約束
馬車で二、三日がたごと揺られてどこに連れていかれるのか分からなかったけどナイルは優しかったし、この世界のことを色々と教えてくれた。
この世界はわたしがいた世界とそう変わりはなかった。気候や食事、衣服に困ることはないし、多少水道がない生活には不便を感じたものの慣れてしまえばそう嫌ではない。言葉もわたしが話してる言葉で通じたし困るのは書く時ぐらいで自分の知ってる字とは違っていたからナイルから一字一字教わった。数はそんなに多くなく文法の綴りを覚えてしまえばそう難しくもない。すぐに日記を書けるぐらいになって、ナイルに褒められたのが嬉しかった。
それでも時おり家族のことを考えると淋しくて泣けて来る。そんな時はナイルは馬車を止めて気晴らしに街に連れ出し、新しいお洋服や靴を買ったり食事したり宿に泊まったりしてくれた。
愚図ると膝に乗せてくれてわたしの髪を梳き、この国に伝わるおとぎ話や昔話をしてくれてわたしを退屈させなかった。
ナイルと一緒にいる時間が増える度にわたしはどんどんナイルが好きになっていったけど、ナイルは異世界から召喚したわたしに対して罪悪感がありわたしが家族を思って泣く度に心が咎めてわたしを突き離す事が出来なかったのだと思う。
楽しい二人旅はそう長くは続かなかった。彼の親戚であるブラバルト大公の住むスワンヘルデ城についた時に突如終わりを告げたから。
奥方を亡くして子息と二人暮らしをしていた大公からわたしを養女にしたいと申し出があった。わたしもこれ以上、自分のことでナイルを束縛しては申しわけない気がしてきていた。
彼は綺麗で若かったし女性にも好かれていた。彼の将来を思うならわたしのようなお荷物を抱え込む必要はない。と、幼心に思って、自分から養女になる件を承諾しナイルとは別れようと決めたはずなのにわたしは弱かった。
ナイルがスワンヘルデ城をたつ日、馬車に乗り込む彼の後を追い掛けてしまった。
「ナイル。行かないで。やっぱり離れたくないよぉ。ナイルの側にいたいの」
このままナイルと別れたくないとすがりつけば、彼はわたしの行動に驚いた顔をしながらわたしを受け止めてくれた。
「まりか」
「ごめんね。我がままだって分かってる。わたし、ただお別れが寂しくなっただけだから。もう大丈夫だから」
ナイルとは一緒に行けないと分かってるのに取りすがってしまっただなんて。こんなんじゃ彼を困らせてるだけ。
わたしはその事を恥じて彼から離れようとした。それをナイルが止めた。
「まりか。必ず迎えに来るから。それまで待ってて。出来るかい?」
わたしは何も考えずにうん。と、頷いていた。 彼がいつの日か迎えに来てくれる。それは明日からのわたしの生活に約束と言う名の勇気をくれそうな気がしたから。
「次にきみに会えるのを楽しみにしているよ」
ナイルはわたしの額に唇を落して、わたしと旅をしてきた黒塗りの馬車に乗り立ち去って行った。
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