第14話・あまりにもひどい宣告


「僕はナイル。きみはお名前なんて言うのかな?」

「わたしは茉莉(まり)花(か)」

「まりかと言うのかい? 可愛い名前だね」


 ナイルが頭を撫でてくれてなんだか猫の子になったような気がする。このお兄さんならなんでも相談にのってくれそうでわたしは気を許していた。

 第一、お兄さんはわたしをこの世界に呼び寄せた本人だ。家に帰す事も出来るはず。と、信じていたのだ。


「あの。ナイル。わたしいつお家に帰れるのかな? パパやママに会いたい」


 ナイルが凝視した後で深く息を吐き出した。彼は何やら思案してるようで、わたしは自分の発言が彼を戸惑わせてる様に思えた。わたしを見る目が悲しそうだったから。


「あのね。まりか。結論からいうときみを無事にお家に帰せるかどうかは分からないんだ」


 わたしはその言葉を信じ難く聞き返した。


「どうして? プーリアなんとかって国は召喚した美少女がどうのって、さっき王子さまが言ってた」

「きみは賢いね。僕らの話を聞いてたんだね?」


 わたしは頷いた。どうにかして家に帰して欲しい。その思いでいっぱいだった。


「あれは王子の勘違いなんだ。プーリア教皇国は……、神さまに仕える聖職者の偉い人が治める国で聖職者は奥さんや子供を持つのを許されてないから女性を傍に置けないんだよ。その代わりにお側係として置いてるのが、聖巫女と呼ばれる少年たちで皆綺麗だから女の子と見間違える」

「そうなの。じゃあ、わたしのようにこの世界に来た人って他にはいないってこと?」


 なんだかわたしはその先を聞くのが怖くなった。ナイルは意を決したように告げた。


「ごめん。きみ以外にいないんだ」


 わたしは認めたくなかった。これはきっと朝が来たら覚めてしまう夢なんだって思いたかった。


「うそ。嘘だよね? じゃあ、わたしこれからどうしたらいいの? これって夢でしょ?」


 途方に暮れるわたしの肩が冷たくなってゆく。その肩が温かな腕に抱きとめられていた。


「こんなことになるって分かっていたらしなかったのに。僕が浅はかだったんだよ。召喚なんて誰がやっても成功しなかったし、僕にそれが出来るだなんて思いもしなかったから。きみが目の前に現われてとんでもないことをしてしまったと思ってるんだ」

「わたし……、お家に帰れない? じゃあ、パパやママにもう二度と会えないの?」


 あまりにも酷い宣告。呼び出して起きながら成功するとは思っていなかっただなんて。

 この世界にわたし以外に呼び出された者はいない。この世界で異世界人はわたし独りきり。


「そんなのない。あんまりだよ」


 わたしに激甘のパパや、優しくて叱るときは厳しかったママには、もう二度と会えないなんてひどいよ。ひどすぎるよ。

 わたしが何をしたって言うの? これって何かの罰なの? 

六歳のわたしにはあまりにも残酷な現実だった。わたしは憤りをぶつけるようにナイルの胸に拳を振り落とした。


「ひどいよ。ひどい。わたしを帰してよ。元の世界に帰してよ。ひどいよぉ。ナイル」

「ごめんよ。まりか。僕を憎んでくれていい。きみを大事な家族から引き離したのはこの僕だ。僕の出来る限りの力できみに償って行くから。ごめんよ」

「ナイルの馬鹿ぁ。うわあああああああああああああっ」

「約束する。一生かけてきみに償う」

「償いなんかいらないよ。お家に帰してよぉ~」


 泣きだしたわたしをナイルは長衣で包みこみずっと気持ちが落ち着くまで側にいてくれた。泣き疲れて気がつけば馬車のなかにいてナイルの膝を枕に寝ていた。


「疲れただろう? 寝てていいんだよ」

「うん。ナイル」


 甘えれば優しい手が頭を撫でてくれた。

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