10-10. 矛を交えるリーン‐ジャクリーン

「おっ、終わった?」


 リーンの魔法が途切れた後に現れたのは、無傷のエルフと、連れのヒューム。

 どちらの仕業かはわからないが、それなりの規模のはずの魔法が、あっさりと防がれたらしい。


「単純な物量では駄目でしたね。次はどうします?」


 エルフがニヤニヤと煽ってくる。

 前に火山で会った時も、こいつは不気味な目付きをしていたな、とリーンは思い出す。

 投げ遣りで、陰湿で、嗜虐的で、そのくせ何の呵責も持たない、無自覚に傲慢な目付きだ。力に溺れた強者の目。


 自分はこの耳長女を殺す理由を持つだろうか。

 とリーンは考える。


 理由はある。

 配下を虐殺したのだ。

 報復して然るべき。


 【魔王】陛下亡き今、リーンは最早、脱け殻だった。

 何一つ大事な物が無いのだから、生きる理由は無く、かといって死ぬ理由も無い。

 世界を滅ぼしても良いが、特に滅ぼす理由も無い。

 何もやりたいことは無いが、何かをしても良い。


 自分の下に集った新生魔王軍は、停止した天秤を僅かなりと偏らせる理由となった。

 リーンは今、砂粒ほどの義務感だけで動いている。

 仇討ちというものが、砂粒ほどの重みとなり得ることを、リーンは知っていた。


「……死んでくださいぃ……≪フルゥイドフラッド≫」


 極端な例外を除いた多くの人類種は、その体重の平均7割程度が水分である。

 現在のリーンのレベルでも射程距離の問題は消えないものの、【水魔法】による操作が可能だ。


 ≪フルゥイドフラッド≫は脳漿のうしょうや血液などの体液を操る。

 脳や胴体部を破裂させたり、内部で損壊させたりする、初見殺しの魔法だった。


 【水魔法】は空気を伝わる【風魔法】や、地面を伝わる【地魔法】のように、人類の生存圏のほぼ何処でも瞬時に遠隔発動できる便利な魔法ではない。

 相手に気付かれずに離れた相手に当てるには、河川や水溜まりを通して距離を稼ぎ、そこから湯気や水蒸気などを通して対象に接触する必要がある。

 やはり所詮は外れスキル・・・・・と言えよう。


 とはいえ不可視。とはいえ即死。

 ハズレでもハズレなりに使い道はあるのだと、【魔王】陛下も仰っていた。


「何か魔力が伸びてきてるね」

「それ当たると即死よ」

「うわっ」


 が、何だか知らないが、必殺の一撃をかわされてしまう。

 リーンはこの世の理不尽、不平等に怒りを覚えた。

 そして強く遺憾の意を表明した。


「……えぇ……な、何で避けるんですかぁ……?」

「だって死ぬって言われたし」

「だって実際死んでいたもの」


 妥当な言い分ではある。リーンも認めざるを得なかった。


「で、でも何で、見えない魔法を避けられ・・るんですかぁ……?」


 しかし、それが第2の理不尽である。


「? 見えてましたけど」


 会話しながらこっそり魔法の操作を続けるものの、それも容易くヒョイヒョイと避けられるのだ。

 理不尽。不平等。不公平。こんな不条理が許されるのか、とリーンは激しく憤る。


「危ないって判ってたら、見てから避けられますし」

「はぁ……? 何で光も影もない魔法が見えるんですかぁ……?」

「あ、そっか。ヒュームとか獣人って、魔力が見えないんだっけ」


 リーンの燃えるような怒りに対し、エルフは軽い調子で、そんなことを答えた。


 つまり、このエルフは魔力を・・・見てから・・・・避けた・・・とでも言うのか?


「そ、それ、【火魔法】関係なくないですかぁ……?」

「いや、そんなこと言われても……五感はみんな普通に使ってるでしょ」


 要領を得ない問答に、リーンはこの傲慢な異種族との会話を、諦めた。



 さて、リーンは今このエルフを殺害せしめようとしている所である。


 【水魔法】による大規模な水流で圧殺するのは難しい。

 また、体内の水を直接操作して即死させるのも難しい。

 であれば、他の方法を取るまでだ。


 考えて、思い付く。


「≪ウォータージェット≫ぉ……」


 リーンは背から手足から尾先から、勢い良く水を噴出し、エルフとの距離を詰めた。


 先程まで隣にいたヒュームの女は、いつの間にか距離を取ってこちらを観察している。

 それはどうでもいい。復讐の対象と定めたのはエルフの方だ。

 目的がブレると大義がなくなり、大義がなければやる気もなくなる。

 元々やる必要がないことに、無理矢理やる気を出して、どうにか身体を動かしているのだから。


「……別にぃ、それでも良いけどねぇ……」


 レベル50から可能な、魔力による元素の生成。

 それを逆方向に作用させる、元素からの魔力への分解。


 魔力を操作するのではなく、元素を瞬時に分解して魔力を生み出すので、魔力の流れが見えようとも感知は不可能だ。恐らく。魔力視ができる種族との戦闘経験などリーンにはないから、あくまで「恐らく」としか言えないが。

 とにかく、恐らく、魔力が発生した時には、既に行動は終わっている。


 それを、相手の体内に直接叩き込む。

 試したことはないが、恐らく、干物になったりするのではなかろうか。


 魔力が見えても感知はできないメリットがあるが、基本的には手の届く程度の距離でしか発動できないデメリットもある。

 手元から連続した同系統の元素を通せば長距離での操作も可能だが、水をニョロニョロと伸ばすと、前述のメリットは無意味になる。


「うわ、速っ……≪デフラグレーション≫」


 エルフ女はリーンを煽るように大袈裟に驚いてみせると、何事もなかったように、火を噴いて飛び始める。

 リーンの≪ウォータージェット≫と似たような魔法だ。

 大抵の物――火でも水でも毒でも斧でも――は高速で大量に射出すれば、反動で空を飛ぶことができるのだから、特に珍しい魔法でもないのだろう。


 空中戦もほとんど経験はないリーンは直線軌道で突進するが、エルフは最小限の動きのみで回避してみせる。

 軽く触れるだけでいいのに、指1本が届かない。

 不意打ちのつもりで身体の一部を液状化したり、蒸気化したりしても、魔法を使うと警戒され、大きく避けられるだけだ。


「≪リアクティブアーマー≫」


 何やら魔法を起動した、一瞬動きが止まった隙を狙って手を伸ばすと、


「んに゛ゃっ!?」


 振れる寸前、ボンッ、と炎が弾けた。

 やられた。体表面に設置する地雷系の魔法だろう。


「やっぱり、何か触ろうとしてます? 触ったら即死する感じのやつでしょ?」

「……さぁ?」


 このままでは埒が明かない。

 リーンはエルフから少し距離を取った位置に着地し、それを見たエルフも同様に魔法を解いて地に降りた。


 簡単に読まれる程度の単純な動きだったか、とリーンは自戒する。

 レベルがカンストしてからは圧倒的な物量で相手を圧し潰してきたリーンである。

 低レベルの頃も、いつも【魔王】陛下の陰に隠れており、戦闘経験はそれほどない。


 だから結局、パワーでゴリ押して勝つしかないのだ。

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