10-8. 戦場に舞い降りたエリー

 新生魔王軍が新たに国を1つ沈め、周辺諸国は大いに慌てた。

 特に、ちょうど侵攻を計画していた元フルリニーアの連合軍は慌てに慌てた。


 元は1つの国だったとはいえ、各貴族領の取り纏めを行っていた王家が物理的に消滅したのだ。

 各国の代表を集めた連合軍の意思決定機関はいまいち纏まりがなく、今後のご予定についても、せいぜい「各国足並み揃えて一気呵成に攻め入り、後は流れで」という程度にしか決まっていなかった。


 ところが、各国の首脳も慌てたあまり、その「各国足並み揃えて」という部分まで無視して各自好き勝手に進軍し始めたのだ。


 そんなわけで、エリーらパースリー子王国は出遅れた。


「連合軍とは一体……」

「エリちー、とにかく全速力で急行よ!」


 ローズマリーの配下からの報告を聞き、慌ててローズマリーを背負って2人で空路を急ぎ、戦場の端となる海沿いの低い崖に着陸した時には、既に戦闘は始まっていた。

 連合軍には陸地から魔法や矢や巨石を飛ばす者もいれば、海面に小舟を浮かべたり、何かしらのスキルで海面を歩いたり、大きな海洋生物の背に乗ったりしている者もいる。

 陸地にいる一部は空から舞い降りたエリー達に一瞬視線をやるが、そのまま敵砦へと目を戻した。

 相手は海面に降りることなく、現在は砦の上からの攻撃を受けるのみ。流石に相手の本拠地ということで、連合軍は地形的な不利を強いられていた。


 ところで、エリーは長命種にしては時間の感覚が短命種に近い方なので、遅刻を恥じ入る感性は持っている。

 また、同行するローズマリーは【時魔法】使いであり、時間の浪費にはそこそこ厳しい。


「くっ、出遅れたわね! エリちー、大きいのを1発お願い!」

「任せて!」


 なので、駆けつけ1発とばかりに、慌てて魔法で砦を蒸発させた。


「――≪広域蒸発≫ッ!!」


 海面が抉れるように凹む。

 数秒後、大波と共に戻る。

 中心で跳ねた水が周囲に揺り戻す。

 周囲に広がる波により、範囲外に棒立ちになっていた連合軍が足を取られる。


 魔法の範囲は砦の壁の際までに抑えたので、恐らく友軍に被害は出ていないと思われる。

 既に砦内に侵入していた者がいれば巻き込まれた可能性は高いが、そこは……戦場の常と納得してもらうしかあるまい。

 エリーはいるかどうかも判らない犠牲者に、短く黙祷を捧げた。




 ***




 突然攻撃目標が消失したことで、連合軍はしばし唖然としていた様子だったが。

 何が起きたのかは正確に理解できていないものの、恐らく友軍の攻撃により、討伐が完了したと判断したのだろう。

 残党なども確認できなかったため、今や来た時と同様に三三五五と解散しつつある。


 彼らに参戦の意味があったのかと言えば、無いとは言わない。

 政治的な意味だけではなく、戦略的にも無意味ではない。


 それでも平均レベル数十程度の者と、レベル999との格差は絶大だ。

 本来、に至るには長命種の寿命でも足りない程の時間が必要なのだから。

 最近はたまたまレベル999カンスト勢が大量発生していただけなのだ。


「なんか普通だったな」


 敵の本拠地を蒸気に変えたエリーは、ぽつりと呟いた。


「普通、というと?」


 とそれを拾うローズマリー。


「さっき、海水とテロリストを纏めて蒸発させたけどさ」

「ええ」

「普通に蒸発しちゃったなって」

「はあ」


 言いながら、エリーは自分が失望していたのに気付いた。

 ということは、その少し前までは、期待もしていたのだろう。


 出遅れに慌てていたこともあり、手加減抜きで全力を出した。

 敵陣を消し飛ばすのに十分な威力を込めた。

 しかし……何か思いもよらない方法で防がれたりしても良かったのでは。

 エリーの内心を言語化すれば、そんなところだ。


「皆、スキルの使い方が雑なんだよね」

「雑?」


 首を傾げるローズマリーに頷き、エリーは大きく生きを吸い込んだ。


「専門職の人は長年かけて最適化された利用法を使うでしょ。魔法使いも、大半は過去に何人も、何千人も、何百万人もの先人によって洗練された魔法を使う。でも、最適化、洗練されているからこそ、新しい発想がないんだよね。多少の改良はしても、まったく新しい方法ってなかなか出てこない。スキルを活用した先人がほとんどいなくて、本当なら自由な発想ができたはずのの人達ですら、他の何かに引っ張られてる。だから雑。ただルーチンワークみたいにスキルを使うだけ。レベル999になったら何でもできるって私も言うけど、レベル100でもやり様はあると思う。何ならレベル60でも面白いことはできるでしょ。なのに単なる力押し。でなければ1つ覚え。便利な魔法を幾つか作ったら、それに頼り切り。思うに、ってやつが悪いんだよね。過去に同じスキルを持っていた人の使い方が全て、精霊だか神様だかを通して共有されているから、枠にはまっちゃうんだよ。私だって普段使うスキルは限られてるけど、今でも毎日、いろいろ考えてる。色んな人がいろんな発想でスキルを使えば、そのヒントになるかもしれないのに」


 早口で喋るエリーの話を聞き流しつつ、よくわからないが、友人は何だかストレスが溜まっているのだろう、とローズマリーは思い、適当な相槌を打ち続けた。


「ははあ。ええ、うん。なるほどね」

「まして、相手はレベル999の【水魔法】使いだったんでしょ。あれで終わると思わないよ」


 とはいえ、最後に続けたこの言葉についてはツッコミもできる。


「いや、不意打ちでやられたら応用も何もないわよ。

 エリちーだって不意を打たれたら死ぬでしょう」


 実際不意を打って自分を殺した人が言うと説得力があるな、とエリーは納得した。


「じゃあ、今度からある程度は加減するよ……」

「そうやって慢心していると事故死するの。確実に勝てる時は勝っておくものよ」

「難しいなぁ」


 何はともあれ、これで万事解決。

 早く帰って食事して入浴して就寝しよう、とエリーがローズマリーを背後から抱え。


「じゃあ、行くよ」


 と一声かけた所で。


「――――――あっ、ちょっとストップ」


 ローズマリーがちょいちょいと、エリーの腕をほどいた。


「どうしたの? 忘れ物?」

「多分そうね」


 数秒前とは僅かに変わった友人の雰囲気に、エリーは何となく、状況を察する。


「未来から時間遡行してきたの?」

「そうそう。今、1ヶ月後から戻って来たんだけどね」


 きょろきょろと周囲を見回しながら、ローズマリーは答えた。


「このままだと来月、この大陸が丸ごと海に沈んじゃうみたい」

「えぇ……」


 それはかなり困るな、とエリーは思った。

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