10-7. 蒸発する新生魔王軍

 イザベラ達が新生魔王軍に加入して最初の仕事は、国落としの戦場だった。

 戦場ともなれば【治癒魔法】使いのイザベラは後方に下げられ、これまで苦楽を共にしてきた【斧術】使いのメリーは前線に送られることとなるだろう。

 などと思っていたのだが、特にそんなことはなかった。


 メリーと2人で旅する内に、イザベラ達はスキルのレベルを高め、それと同時にスキルの応用についても研究を重ねた。

 今や彼女の【治癒魔法】は傷や病の治療のみならず、過剰造血、感覚暴走、病原培養などによる攻撃手段も得ている。

 最前線に送られても十分に戦えるつもりでいたが……勿論そんなことにもならなかった。


 イザベラ達は隊列も陣形もなく、適当に国境付近に並んで立っていただけだ。


 新生魔王軍首領、リーン-ジャクリーンによる大魔法で、綺麗に国境線沿いに一国が沈む。

 熱したナイフでバターをジグソーパズルにするように、高波が綺麗に国境線を切り取り、国土を端から削り、呑み込んでいった。


 敵国の軍勢も目視可能な距離に陣を張っていたが、大半はその時に発生した波にさらわれた。

 幾らか波の壁を抜けて来た者もいたが、弱っていた所を四天王にとどめを刺された。


 イザベラは淑女としてどうにか表情を保ったものの、隣にいたメリーなどは口をポカンと開けていた。

 こんなものは戦場とは言えない。蹂躙というのも大袈裟だ。単なる作業に過ぎない。


 新生魔王軍、その圧倒的な力を間近にし、イザベラは――安心感を得た。


 これまで彼女が触れたは2つ。


 彼女達のリーダーであった【劣化コピー】のキョロリックは、スキル自体が持つ万能の可能性と、レベル999という人類の限界から生まれる絶対的な出力を持っていた。彼とその仲間である自分達こそが最も優れたパーティであり、いずれその名を世界に轟かせるものだとイザベラは疑っていなかった。


 そして、そのキョロリックや、彼には及ばずとも確かな強さを持っていた仲間達を、遊び半分で焼き殺した【火魔法】使いのエルフ。

 今でもあの日のことは夢に見る。目の前で仲間が焼き融かされる様を。蒸した鳥肉のように変質して死んだ仲間に、必死で治癒魔法をかけた絶望を。


 それでも――少なくともイザベラが目にした範囲では――この新たな“魔王”ほどの絶対的な力ではなかった。


「フフ……フフフ………」

「イザベラ様?」


 思わず漏れた笑いが聞こえたか、メリーが不安げに顔を覗き込んでくる。


「ええ、いえ。何でもありませんわ」


 イザベラはそれに微笑んで返した。


 その晩から、イザベラはあの日の悪夢を見なくなった。



 それから10日後、新生魔王国本部に攻め入って来た元フルリニーアの連合軍の手にかかり、イザベラは死んだ。

 敵方にいた【火魔法】使いのエルフの放った大魔法により、立て籠もっていた本拠地ごと蒸発したのだ。




 ***




 【斧術】使いのメリーは、海上に浮かぶ水晶の城砦で、元フルリニーアの連合軍とやらを迎え打っていた。

 水晶の城砦などといっても、本当に鉱物でできているわけではない。首領が魔法で固めた水で作った水の建造物だ。


 基本的には近接武器である斧だが、手投げ用の斧もあるし、中には投げればブーメランのように手元に戻ってくる斧もある。

 メリーは砦の端に作られた張り出しやぐらから、とにかく投斧を飛ばし続けた。


「メェッ! メェッ!」


 技能系スキルがレベル50以上になれば、そのスキルで使う用具をスキルによって生成することができる。

 そして逆に――仇であるあの【火魔法】使いのエルフに言われたことだが――斧を魔力に還元することもできる。


 普通、投げるための斧をスキルで作りだせば当然魔力は減る。しかしスキルは応用力だ。

 優れた彫刻師は、石や木を削って形を作るのではなく、石や木の中に埋まっている像を掘り出すような感覚を持つという。

 同様、岩石や地面からイメージを強く持つことで、それを斧と認識、魔力に還元できる。


「メェッ! メェッ! メェッ!」


 勿論、実際の岩や地面に切り取り線などついているはずもなく、実用レベルで扱うには相当な訓練が必要だ。

 それ以前に、レベル50というのはスキルを仕事に使う者が何十年もかけて辿り着くもの。戦闘用のスキルは実戦の中で比較的上がりやすいとはいえ、メリーほどの若さでその境地に至る者は少ない。


 水の砦の一部を斧として削り取り、その魔力で鋼の斧を生成して、高速回転を掛けながら敵軍に射出する。

 一部の斧は敵を切り裂いた後に手元に戻ってくるが、それでも打ち払われたり、叩き壊される物も少なくない。

 減った分はまた砦を削って生成するが、水の砦自体は常に【水魔法】使いの首領が修復してくれる。


 水上に作られた水の砦を大勢で攻めるには船を使う必要があり、小回りの利かない船では、飛来する斧を避けるのも難しい。

 実質的に弾切れのない状態で、メリーは着々とキルスコアを稼ぎ続けた。


 そんな飛び交う斧と、水晶の城砦と、メリー自身は、メリー自身も気付かない内に【火魔法】使いのエルフが放った大魔法で蒸発した。




 ***




 ある日、【ラーニング】のラナが出先から戻ると、今朝まであったはずのお屋敷が跡形もなく消えていた。

 海の近くの、砂浜と防風林に挟まれた土地に建つ、小洒落た白いお屋敷だ。

 防風林は灰の山となり、そのお屋敷があった場所から砂浜にかけての地面は全て一度融けて冷え固まったような状態と化していたのだ。


 それから徐々に、薄っすらとぼやけていたようなラナの記憶が判然とし始めた。


 ラナは【育成】スキルのサラの下で、彼女を“先生”と呼び、スキル育成に関する教えを受けていた。

 といっても、【ラーニング】スキルを育てるには、そのスキルを使わなければならない。サラの下にはラナ以外にも何人かの生徒がいたが、魔法系スキルを持つ者はいなかった。サラは外れスキルの者ばかりを集めてスキルの【育成】を行っていたが、魔法系スキルというのは、余程のイロモノでなければ当たりスキルと言って良い。


 当然ながら、ラナの【ラーニング】もまた外れスキルだ。

 魔法を直接受けることで、受けた魔法を覚える【ラーニング】。

 一見便利そうに見えるが……人は攻撃魔法を受ければ傷を負う。強力な魔法であれば、最悪死に至る。

 回復魔法等であれば問題ないが、治療院などで回復魔法を受ける場合、その効果に応じた謝礼金を払う必要があり、金がかかる。


 また、ラナのスキルが【ラーニング】だと相手に知られれば、そういった安全な魔法も使ってもらえなくなることが多かった。

 商売敵が増えると思われたり、それとも自分の魔法を掠め取られると思われたり。

 使えるように見えて使えない外れスキル、それが【ラーニング】だ。


 一応、新しい魔法を覚えなくとも、何度も魔法を受ければ【ラーニング】スキルは発動する。

 だからサラはラナに治療費を渡し、近くの町の治療院に通って、傷もないのに何度も≪ライトヒール≫を受けさせていた。

 お屋敷が消えた日も、ラナは留守だった。


 以前ほど狂信的に慕うようなことはなくとも、ラナはサラに対して恩を感じている。

 ほとんど≪ライトヒール≫だけ受け続けてレベル100を超えたラナがまともに使える魔法は非常に少ないが、これだけのレベルになれば、直接魔法を受けなくとも【ラーニング】で魔法を覚えることができる。

 各地を旅しながら日銭を稼ぎ、サラはスキルレベルアップと魔法習得を続けた。



 サラの下で【魔王】とも多少の交流があったラナは、リーンも一応顔くらいは知っていた。

 そんなリーンが新生魔王軍の首領をやっていると聞いて、彼女はそちらに参加してみることにした。

 魔王軍ともなれば強力な魔法を使う者も多かろうと思ってのことだ。


 【ラーニング】は様々な属性の魔法を扱うことができるが、あくまでスキルの属性は【ラーニング】、学ぶことに関する物だ。例えば【水魔法】を覚えても水を魔力に還元することはできない。

 リーンの【水魔法】は魔力の消費量が多すぎてマトモに扱えなかったものの、四天王である【催泪魔法】のサイゾウを始めとした魔法使いの魔法をこっそり盗み覚えつつ、同じく四天王の【地酒鑑定】のキキの部下として働いていた。



 そして迎えた、今回の連合軍による襲撃だ。

 大規模戦闘は滅多にない機会だし、この機に様々な魔法使いから【ラーニング】したい。物見台から適当に魔法で攻撃しつつ、視界に入る魔法を習得していく。


〈≪鎌白貂≫を習得しました〉

〈≪ライトニングアロー≫を習得しました〉

〈≪スーパー猫爆弾≫を習得しました〉


「ふふっ、大量大量です。学ぶことって楽しいですね!」


 連合軍は各国の優秀な軍人や騎士、しゃ業従事者などが参加しているのだろう。

 その大半が当たりスキルに分類される魔法系スキル保有者がそこに含まれる割合は、非常に高い。


 習得したばかりの魔法を機嫌良く試し打ちしていたラナは、


〈≪広域蒸発≫を習得しました〉


 という魔法習得アナウンスを聞いたのとほぼ同時に蒸発した。




 ***




 新生魔王軍四天王の4人は、水晶の城砦の水中部分で参戦の準備を整えていた所を、【火魔法】使いのエルフによって纏めて蒸発させられた。

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