10-4. 崖を覗くエリー
エリーは
しかしながら、今回は国家間の合同作戦(といっても参加国はつい最近まで同じ国の一部だったわけだが)に子王国代表の民間協力者として出向く形になる。
名前ばかりは
そもそも、配達者ギルドのランク付けは、競合組織である冒険者ギルドに対抗し、あえて利用者の誤解を招くように決められた節もある。
冒険者ギルドがA~Fの6段階であることに対抗して、最低ランクをEに、上位ランクも盛りに盛ったのだ。
冒険者ランクのA級は、配達者ランクだと20段階中8番目の
前述の通り、エリーの
仮にも国家代表が中堅ではまずかろう、ということで。
「
子王陛下の妹殿下ことローズマリーは茶飲み話のようにエリーの出世を告げた。
事実、場はエリー宅、緊急開催のお茶会における話題であった。
「
同席するジローが補足する。
「我がことながら、そんなにポンポン適当に上げていいのかな……」
「戦闘力的には問題ないと思いますけど」
「きゅいー」
「功績的にも問題ないわよ。この前だって【魔王】の後援組織を潰したんでしょ?」
【魔王】の後援組織、と聞いてもしばらくピンとこなかったエリーだが、そういえば【育成】スキル持ちのヒュームと、その一味を焼いたような覚えがある。
本人はレベル999にも届かない弱者だったので印象が薄くなっていたが、大量のレベル999犯罪者を世に送り出した、野盗コーディネーターのような相手だった。
【育成】が育てたカンスト勢は、レベルの割にスキルの使い方が乱雑な者が多く、エリーとしてはあまり良い印象がない。
「でも相手は水属性のスキル持ちなんでしょ? 相性最悪なんだけど」
「どうせレベル差とスキルの汎用性でゴリ押しできるわよ。私も同行するしね」
「勝手にメンバー増やしていいの?」
「合同作戦って言っても、大体日程合わせてそれぞれ勝手に動くだけだし、適当よ適当」
渋るエリーに、ローズマリーは軽く応じた。
「きゅいきゅい」
「どうしたのヒタチマル」
「キュイッキュ!」
「ヒタチマルも行きたいんじゃないですか?」
「キュフ」
ジローの通訳にヒタチマルが頷く。
「そうは言っても、国を沈めるようなテロリストと喧嘩しに行くんでしょ。普通に危ないと思うけど」
「大丈夫よ。何かあったら私がこの時間まで戻すわ」
難色を示すエリーに、ローズマリーはレベルカンスト当たりスキル保有者らしい理屈で提案する。
「あ、じゃあ僕もついて行っていいですか?」
「うーん、ロゼちーが何とかしてくれるなら良い、のかな?」
ローズマリーの提案にジローが乗っかり、エリーも場の雰囲気に流された。
「……はいっ、それではね、各々準備をしたら明日出発しましょう」
そうしてローズマリーが編集点を作り、出張のメンバーが確定した。
***
山を登り、冠雪の残る頂上から見渡す先は一面、広い海。足元は海面まで真っ直ぐな崖。
出来損ないの騙し絵のような光景だ、とエリーは乾いた笑いを零す。
この辺りは沈んだ国との国境線が山脈だったのだが、国境線がそのまま崖になった現在、このような奇妙な地形が生まれてしまった。
「本当に一面が水なんですね……」
「きゅきゅぅ……」
都会育ちのジローと山育ちのヒタチマルは海を見るのが初めてとのこと。
なおローズマリーは海底で1000年近く過ごしていたので、海という環境には同行者の誰より慣れている。
驚く2人を微笑ましげに見つめていた。
エリー達の住む元フルリニーアの海は水産資源、漁場としての面が強い。
この今は亡き――何とかいう国では、観光地だったそう。
森生まれのエリーは水泳の経験はないが、海水浴というのが人気だったらしい。大人から子供まで、夏には海に飛び込んで泳いでいたのだとか。
「こんな崖から飛び込むの? スキルのない子供だと這い上がるの大変じゃない?」
「以前は砂浜から遠浅の海が続いてたそうですよ」
「あー、砂浜ね。前にも見たよ。海の周りが砂になってるやつでしょ」
砂浜でなくともこれはこれで面白いと、切り立った崖沿いには観光客が集まり、山頂から顔だけ出して、恐る恐る崖下を覗いていた。
もちろん海水浴などを楽しむ格好ではないが。うっかり足を滑らせ、激しく岩に打ち付ける波に飲まれれば、二度と陸に戻ることは出来ないだろう。
何故エリー達がこんな所に来たのかと言えば、観光ではない。
近隣住民が言うには、この辺りがテロ組織の四天王とやらの縄張りだと言うのだ。
新生魔王城は海の真ん中に浮いているので、気軽に向かえない。
エリー1人なら魔法で空を飛んで向かうことも可能だが、今回は他国の精鋭集団との合同作戦であり、勝手に1人で突撃するわけにもいかなかった。
なので、とりあえず自国の領内にいる四天王に一当てして、敵方の幹部の実力がどの程度のものか、と確認に来た次第であった。
「観光客がいるくらいだから、そう危険な場所でもないと思いますけど」
山頂価格で温かいお茶を売る露店を見ながらジローが言う。
「新生魔王軍の犯行声明によれば、犯行動機は復讐だったとの話よ。だから無関係な自分達は狙われないと思ってるんじゃないかしら?」
「あれ。【魔王】を倒した【勇者】の国はともかく、フルリニーアの王都も大洪水で流されたんじゃなかったです?」
「ええ、まあ確かに、【魔王】凋落の原因になったと言えば、なったのだけれど……」
「復讐の基準がよくわからないから、先手を打って潰してしまおうという話なんですか、これ」
ローズマリーとジローは揃って肩を落とした。
隣で聞いていたエリーも面倒な話だとは思ったが、「気に食わないものは焼いてしまえばいい」とか「面倒なら全部焼いてしまえば良い」という気持ちは理解できなくもない。
なので、新生魔王軍にも対魔王連合軍の発起人にも、それなりに共感できてしまう。
「ねえ、早く四天王とやらを探さない? その人どんなスキルなの?」
何だか気まずくなったので、エリーは建設的な話をすることにした。
「そうね。そろそろ丁度良い時間よ」
その問いに返って来たのは、些か不自然な答えで。
「ウッホホウホホ」
答えを返したローズマリーの振り向く先には、全長12メートルはあろうかという、巨大な白いゴリラが直立していた。
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