10-3. 子王国在住のエリー

■■簡単登場人物紹介■■

・エリー…主人公の森エルフ。【火魔法】レベル999。主人公。

・ジロー…ヒュームの少年。主人公の同居人。

・ヒタチマル…ドワーフの中年男性。主人公のペット。

・ローズマリー…子爵の妹のヒューム。主人公の友人。


============


「お隣の国が海に沈んだらしいですよ」


 同居人のジローの言葉に、エルフのエリーは少し考えて、


「なんて?」


 と問い返した。

 その間ももう1人の同居人、ヒタチマルにブラシをかける手は止めない。

 催眠術で自分をハクビシンだと思い込んでいるドワーフのヒタチマルは、最近ブラシ掛けがお気に入りで、今も心地良さそうにキューキューと鳴き声を漏らしていた。


「南西のクィヴァヤル王国……って言ってもピンとこないですよね」

「あんまり」


 ヒューム領の国名は、一部の新興国を除けば古代共通ヒューム語で付けられている。

 ヒュームの知識人達が、各国毎に分かれていたヒューム間の言語を統一しようと作っただ。

 現代において一般に人類間で使われる汎人類共通語とは、発音からして大きく異なるため、エルフにとっては口にしづらく、覚えづらい。

 残念ながら当然のように、古代当時(?)も全然流行らずにすぐ廃れた。今では古い国名や、一部の家名に痕跡を残す程度の既に滅んだ言語だ。現代では共通言語として、種族間の声帯や滑舌の差を考慮したお陰で話しやすく覚えやすい、汎人類共通語が全世界的に普及しているため、今後永久にこれが復権することはない。


「エリーさんがこの間、海に行ってらしたじゃないですか。あの辺からちょっと南に下ったとこなんですけど」

「うーん……?」

「あ、あとうちの国の領土を勝手に占拠して、国を興そうとした【勇者】がいたでしょ。あれが生まれた国です」

「何となく判ったかなぁ。それで、その国が何て? 海に沈んだ?」

「ですです。もう国土丸ごと、スパッと海になっちゃったとか。こう、ジグソーパズルのピースでも外したみたく」


 隣国ということは、エリー達の住むフルリニーア王国とも国境を接していることになる。

 その国境線がそのまま海岸線になった、ということらしい。


「何それ怖い」

「怖いですよねぇ」

「キュイー」


 そうは言っても他人事に過ぎない。

 商人にとっては何かしらの商機になるかもという程度で、野心的な者なら「怖い」という言葉に「おもしろい」とルビを振る程度の話だった。

 ジローも「海が荒れて漁場が乱れたので、海産物の値段が高騰してるんですよね」などと言いつつ、よくよく見れば楽しそうな表情をしているように見える。


「海は燃える物が少ないから、【火魔法】が使いにくいんだよねぇ。火からエネルギーを取れないと、ほとんど自前の魔力になっちゃうし」

「エリーさん、日光とか、何なら常温の物から熱奪って魔力に変えたりできますよね」

「できなくはないけど疲れる。こう、何て言うか……砂利の山から手作業で砂金だけ選り分けるような面倒臭さ?」

「解るような、解らないような?」


 他人のスキルの感覚を話だけで理解するのは難しい。

 それ以前に、未成年のジローはスキルの授与も受けていないため、実際にスキルを扱う感覚からして想像がつかない。


「何にしても、海はこないだ行ったからいいかな」


 海岸線が崖なら、海水浴や浜遊びもできないだろう。

 できたばかりの海では、釣りや貝獲りをするにも獲物がいないだろうし。


 観光客の目線でぼんやり考えていると、いつの間にかブラシを持つ手が止まっていた。


「キュフー」


 と不満気に見上げるヒタチマルと目が合って、エリーはブラシ掛けを再開した。




 ***




 と、その時点では完全に対岸の火事という気分だったのだが。


「指名依頼ですか?」

「はい、陛下の妹殿下からですね」


 行先は例の何とかいう、海に沈んだ国とのこと。

 適当な仕事を探しに配達者ギルドを訪れたところで、職員に呼び止められ、そんな話を振られてしまった。


「シオウさん? と妹デンカさん? って誰です?」


 元々行きたくなかった上に、知らない人からの依頼というのも気が進まない。

 物忘れの激しい長命種、その代表格であるエルフにしては記憶力が良いエリーだが、それらしい相手に心当たりはなかった。


「ああ、はい、まずその話ですね。今朝ほどギルド本部から各地の配達者ギルドに緊急連絡がありまして」

「はい」

「実は昨晩、フルリニーア王国の王都が、突発的な大洪水で押し流されたそうなんですよ」

「はい?」


 王都と言えば国政の中枢だ。

 そんな王都が大洪水により壊滅的な被害を受けた。大丈夫なのだろうか?


 大丈夫ではなかったらしい。


「王家と各貴族家は契約によって主従関係を結んでいたわけですけど、その契約書? みたいなもの? よくわからないんですが、それが洪水でお城ごと紛失されまして」

「お城ごと紛失」

「で、各貴族領は独立国家となり、このパースリー子爵領はパースリー子王国に、子爵閣下は子王陛下になったわけです」


 御恩と奉公ギブ・アンド・テイクの契約によって結ばれていた主従関係ゆえに、国政が機能しなくなったから従うメリットがないし、民間で言う契約書のような物も無くなったわけで、そのまま国家も解体と相成った、とのこと。

 とはいえ、ほとんど国家が都市国家の形式を取るエルフ領で生まれ育ったエリーにとっては、距離の離れた領地や都市が1つの国として纏まっている方が不思議ではあった。

 未だに国家解体という事態に理解が追い付いていないギルド職員と比べれば、多少なりと順応は早い。


「そういうことなら、子王陛下の妹殿下さんも知ってる人ですね」


 パースリー子爵家……今はパースリー子王家の賢者などと呼ばれる、エリーの友人。

 ローズマリー・アシュレイ・パースリーのことだろう。

 子王にはもう1人妹がいるが、武闘派のパースリー家でまともに書類仕事ができる者は極めて少ない。


「王国は解体したとはいえ、横の繋がりはまだ残っていまして。元フルリニーア連合的な感じで、各領地――じゃない、各国から対応可能な人材を出すように言われたそうなんですよ。それで、我が妹殿下からのご指名でエリーさんをと」


 そんな風に、職員は曖昧な理解でぼんやりした説明を行った。


「【火魔法】は災害救助とか、あまり向いてないんですけど」


 縁故採用的な話だとは思うが、人選ミスではなかろうか、とエリーは思う。

 確かにレベル999の「概念操作」によりエリーの【火魔法】には実質的に不可能はない。

 しかし、元のスキルの用途と掛け離れたことをするには莫大な魔力が必要で、例えば都市再建レベルの無茶をするなら、その魔力の供給源として森なり山なりを焼いて大火を起こす必要がある。


 実用的な範囲に留めるとして、洪水を乾かすことは不可能ではないが、【火魔法】で水を蒸発させるには、一度沸騰させる必要がある。

 せいぜい濡れて凍える生存者を暖めるくらいだろうか。


 そのくらいは、同じレベル999であるローズマリーも理解しているはずだが。

 エリーが内心首を捻っていると、職員はまた「そういえば」とか「忘れてた」とかいうように口を開け、慌てて言い足した。


「ああいえ、洪水の原因は自然災害じゃなくてですね」


 エリーはとても嫌な予感がした。


「人災です、人災。やったのは新生魔王軍とかいう、振興の国際テロ組織だそうで」


 予感はノータイムで肯定された。


「首魁は推定ですが、【水魔法】レベル999だって話ですよ」


 それはエリーの想定より、いくらか悪い状況として。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る