10-2. 勧誘されるメリー
■■簡単登場人物紹介■■
・メリー…【斧術】使いの羊獣人。第三章で登場。
・イザベラ…【治癒魔法】使いのヒューム。第三章で登場。
・キキ…【地酒鑑定】使いのエルフ。第十章で登場。
・ラナ…【ラーニング】使いのヒューム。第九章で登場しそうだったけどしていない。
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羊獣人の【斧術】使い・メリーは、安酒場のテーブル席へ勝手に相席してきたエルフの女を、上から下まで値踏みした。
見た目は少女と言っても良いが、何せエルフだ。実年齢など異種族の目ではわからない。
服装や髪肌に清潔感はあるし、衣服や持ち物を含めた身なりも人並み程度には整っている。
が、丸まった背筋に陰気な目つき、卑屈なようでいて周囲全てを見下すような視線が、その印象の大半を塗り潰していた。
その蔑みが獣人差別や貧乏人への蔑視に基づく物でないと思えるのは、メリーの隣に座るイザベラに同じ視線を向けていることから想像できる。どちらかと言えば、以前の――ヒュームの奴隷として異種族全てを憎んでいた頃の――メリー自身の目つきに近い物が感じられた。
元々メリー達はエルフに良い印象を持たない。
彼女達の仲間を殺した仇がエルフだ。
種族単位での逆恨みだとは解っているが、それでも自分の感情は
メリーは隣に座るイザベラの左手を、机の下で軽く握った。
【治癒魔法】使いのヒューム、家族のような相棒のイザベラ。メリーの複雑な内心が伝わったわけではないだろうが、イザベラは小さく指先を震わせると、労わるようにメリーの右手を握り返してきた。
「何の用ですの」
イザベラは乾いた声で短く尋ねる。
「そう警戒せんでも良かろ。魔王軍の話、しとったじゃろ」
当然ながら、2人は警戒の度合いを引き上げた。
【劣化コピー】のキョロリック傘下でパーティとして活動していたメリー達は、恐らく悪意ある冤罪によってパーティがテロ組織認定され、凶悪な【火魔法】使いによる襲撃を受けた。
仲間のほとんどは無惨にも殺害され、リーダーのキョロリックに逃された2人だけがどうにか生き残ったのだ。
過去を隠し、日雇いの仕事でどうにか食い繋いできた2人は、いっそ本当にテロリストになってやろうと魔王軍への参加を考えていたのだが……宛にしていた魔王軍が早々に潰れてしまったのだ。曖昧な覚悟しかなかったメリーは、正直に言えばどこかホッとしたような気持ちもあったが。何だか肩透かしを受けた気分でもあった。
別に世界征服をしたかったわけではない。しかし、折角現状を変える機会ではあったのに。
日雇い仕事の終わりに、酒場で愚痴を吐き出し合っていた。
他愛もない雑談の端の端に、ちらりと魔王軍の話をしただけだ。
魔王軍の末席にでも加われば、今よりはマシな生活ができていたかもだとか。
簡単に討伐されるなんて、気合が足りないだとかも言った。
元は貴族令嬢のイザベラも、すっかり日雇い労働者が板についたものだ、なんてメリーは思っていた。
「魔王軍の話をしていたから、何ですの。ただ話をしていただけで、官憲に突き出しでもするおつもり?
お生憎様、私達は魔王軍の残党でも何でもありませんわ。首を納めても一銭にもなりませんわよ」
イザベラは薄切りの四角いパンを口元で扇のように構えて答える。
全くの冤罪である、無礼な奴だとばかりに不躾なヒュームを睨みつけるイザベラだが、隣に座るメリーは内心動揺していた。
魔王軍残党としての賞金はかかっていないが、テロリストとして指名手配にはなっているので、官憲のお世話になるには少々不都合もあるのだ。
片や口元をパンで隠し、片や口元に卑屈な作り笑いを張り付け、目だけで睨み合う2人。
メリーの心臓だけを締め付ける重苦しい空気を打開したのは、4人目の相席者だった。
「えぇ? 何でいきなり喧嘩腰なんです?」
また見知らぬ相手、今度はヒュームの女だ。太い縁の眼鏡と、メリーと変わらないほど小柄な体形。
それ以外に目立った特徴のないヒュームだったが、何故か席に座りながらもメモ帳とペンを構えていた。
突然の闖入者にメリーは戸惑い、イザベラも視線を送る。
エルフの女は鼻から軽く息を吐き、
「何でもないわい」
と面倒臭げに視線を逸らした。
「何でもないってことはないですよね? キキさんが先に店に入って、私が追い付くまでに2分かそこらですよ? 前から何か因縁とかあったんですか?」
「ないよ、そんなの」
「じゃあ初対面ですか? 初対面でそんな喧嘩になることあります? まさかもう酔っ払ってるんですか? あ、そちらの高貴な感じのお嬢さん、貴女教えてくれますか? 何で喧嘩になったんです?」
「はあ? 突然現れて何ですの。そもそも貴女方は何処のどなたですの? そのエルフとはお知り合いでして?」
「いやいや、今質問しているのは私ですよ?」
何だか厄介な連中に絡まれたな、とメリーは思う。
早急に注文した料理を片付けて撤退するべきだと思うものの、少し負けず嫌いな所のあるイザベラは、あまり良い気分はしないだろう。
それでも、ここにいるのは良くない予感がする。
そう思って卓上のパンを左手で引っ掴んで口に押し込んだメリーだったが、大きな動きが仇となったらしい。
「そちらの羊獣人のお嬢さん、どうしてこの2人は喧嘩をしているのでしょう?」
喧しいヒュームの女に目を付けられてしまった。
「もがっ」
一度座った椅子から、ガタンと音を立てて立ち上がるヒュームの女に驚いて、危うく喉を詰まらせる。
「何があったんですか? 過去の因縁? 偶発的な事故? 意見の対立ですか? それとも信仰の違い? 政治思想の問題?
「んぐ……ごくん。え、えっとですメェ……」
直接向けられると、圧が強い。
感情の色としては威圧というより、純粋な興味だろうか。
ただ只管に自分の疑問に対する答えを寄越せという、叩けば答えの出る箱に対するような。
メリーはすっかり飲まれてしまい、どうにか言葉を絞り出した。
「わ、私達が話していた所に、そこのエルフが、嫌な態度で絡んで来たんですメェ」
「ははあー、なるほど理解しました。私もキキさんは常日頃から態度が悪いものと記憶していますからね。そういうこともあるのですね」
メリーの答えに、ヒュームの女は納得したように腰を下ろした。
キキ、と呼ばれたエルフの女は小さく舌を打つが、何も言わない。恐らく、下手に目立って標的が自分に向くのが嫌だったのだろう。
「それで、話とは何ですか? 具体的な内容は?」
と思えば、ヒュームの女はそのまま次の質問を投げてくる。
「その、えぇとですメェ……」
ちらりとイザベラに視線を送ると、眉根を寄せつつも頷いてくる。
さっさと答えて話を終わらせよう、ということだ。
メリーも軽く頷き返し、ヒュームの女に向き直った。
「魔王軍の話ですメェ。別に何ていうこともない、世間話ですメェ」
「そういうことですか、理解しました。だからキキさんが絡んで行ったのですね」
何事かメモ帳に書きつけ、うんうん、と1人納得したような頷くヒュームの女。
とそこへ、イザベラと繋いだままの右手が軽く引かれた。隣を見れば、イザベラも食事を終えた様子だ。早急に立ち去ろうと互いにアイコンタクトを送り、立ち上がる。
相席の2人は注文した料理も届いていない様子だし、わざわざ追ってくることもないだろう。
「それでは、私達はこれで失礼しますわ」
食事の代金は先払いだ。
立ち上がったイザベラに続き、メリーも軽く会釈だけして、そのままテーブルを離れようとする。
が、続く言葉に、メリーはうっかり足を止めてしまった。
「実は私、亡くなった【魔王】とは同門でして。今の新生魔王軍の首領、リーンさんとも一応顔見知りではあるんですよ」
同時に足を止めたイザベラと顔を見合わせる。
【魔王】と同門?
それより、新生魔王軍とは?
「それにこちらのキキさんなんて……おっと」
ヒュームの女は思わせぶりな態度で言葉を止め、にやにやとメリー達の顔色を覗った。
「あ、興味あります? 教えてあげてもいいですよ。私、どっちかと言えば教わる方が得意ですけど、一応教え方も“先生”から見て学んでますからね」
興味がなくはないが、関わり合いになりたくもない。メリーは正直そう思う。
しかし、イザベラはメリーより幾らか、この話に興味を持ったようだった。
「まず、新生魔王軍とは何ですの? 聞いたことがありませんわ」
「あれ? そこからです? えっと……どうしましょう、キキさん?」
「そこでアタシに振るのかい……」
キキは呆れ顔で卓に届いたジョッキを呷り、それでも立ったままのメリー達に席を勧めた。
「ほれ、この前どこかの国が沈んだって話があったじゃろ」
「ええ。与太話で小耳に挟みましたわね」
「それをなさったのが、新生魔王軍の新魔王じゃよ」
それこそ馬鹿げた与太話のような口調で、キキはそう告げた。
メリーは口を半開きにした間抜けな顔で固まった。
人の仕業だ、という噂はあったが。
「新たな【魔王】スキル保有者が生まれた、ということですの?」
「スキルは【魔王】じゃないがの、新生魔王軍を名乗る団体のリーダーじゃから、その筋の連中からは便宜上そう呼んどるやつもおるよ」
つまり、実態は単なる賊の頭目ということか。
単なる賊の頭目が、国を海に沈めるのか。
俄かには信じがたいが……嘘を吐いている様子はない。
「で、私も最近、コネを使ってその新生魔王軍に入れていただきまして!」
口を挟んだのは、先程までキキに説明を丸投げし、ちびちびジョッキの酒を舐めていたヒュームの女だ。
その言葉には妙に得意げな響きがあるが、反社会組織に参加したことを自慢にするのは如何なものだろうか。メリーは訝しんだ。
そういえば、まだ名前も聞いていない。
「それで、たまにスカウトみたいなこともやってるんですけど。良かったら一緒に行きませんか?」
隣のイザベラを見る。
イザベラもメリーを見返す。
どうやら、彼女はこの話に乗り気に乗り気のようだった。
ならば、とメリーは無言で頷いてみせる。
イザベラが優雅に頷き返し、相席の2人に視線を戻した。
「それでは、私達もご一緒しますわ」
「それはそれは、大歓迎です!」
ヒュームの女がペンとメモ帳を持ったまま両手をバンザイの形に掲げた。
「私は【ラーニング】のラナです。こちらは【地酒鑑定】のキキさん!」
「これ、こんな場所で勝手に他人のスキルをバラすんじゃないわい……と、キキじゃよ。宜しくの」
ラナとキキがジョッキを軽く掲げる。
「宜しくお願いいたしますわ。私は【治癒魔法】使いのイザベラですわ」
「【斧術】のメリーですメェ」
イザベラとメリーも空のグラスを挙げて、4人は小さく杯を打ち合った。
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