最終章:【水魔法】のリーン‐ジャクリーン
10-1. 【氷魔法】のグラントリー
遅くなりました。
最終章が書けたので、本日より更新再開です。
章末話まで12話分、毎日更新です。
■前回までのあらすじ
【火魔法】のスキルをレベル999に上げるため、地元の森を焼いて里を追い出されたエルフのエリー。
ヒュームの少年ジロー、ドワーフのおじさんヒタチマルと暮らす彼女は、たびたびテロに巻き込まれたりする他は、平穏な暮らしを送っていた。
先ごろ縁あって、魔王軍に人材を供給していた黒幕を討伐し、世間で頻発していたテロ行為も収まってくるかなぁ等と考えていた。
現在は程々に仕事をしつつ、自宅でのんびり過ごしているので、主人公は今話と次話は出て来ません。
■■簡単登場人物紹介■■
・グラントリー…【氷魔法】レベル41のヒューム。クィヴァヤル王国第3騎士団長。
・リーン‐ジャクリーン…【水魔法】レベル999の猫系獣人。新生魔王軍首領。
・【勇者】…【勇者】レベル48のヒューム。クィヴァヤル王国出身。故人。
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ある日、【勇者】の故郷の国が海に沈んだ。
国境線が海岸線になっていた。
線に沿って糸鋸を入れたような崖が延々と続く様は、海の側から見れば幻想的ですらある。傍観者としてならば。
隣国の端にある町村にとっては、朝起きたら目視圏内の土地が海になっていたわけだ。
住民の約半数は己の正気を疑い、残りは夢だと思って二度寝した。
そのような状況であれば、各所への報告が半日や1日遅れても仕方あるまい。
専門家の調査によれば、国土全域の地下水が枯れて地盤が沈下し、そこへ豪雨と共に海水が流れ込んで、一夜にして土壌を削り尽くした、ということらしい。
そんなことがあるのか。
自然現象とは思えないが、人為的なものだと言われれば、それはそれでおかしい。
その実態は、強力な【水魔法】の遣い手が引き起こした人災だったという。
国家を転覆、もとい、沈没させたテロ組織は、事もあろうに「新生魔王国」を名乗って建国宣言をおこなった。
魔王とはすなわち、世界の敵。建国宣言と同時に世界中へ宣戦布告したようなものである。
沈んだ国の隣国で騎士団の1つを任されるグラントリー。
彼にその危険な【水魔法】使いの討伐が命じられたのは、少しも不思議なことではない。
そんな危険人物を野放しにするわけにはいかないし――何より、グラントリーの実力がそれだけ信頼されていたのだ。
海上に浮かぶ水晶の城砦。
日光を白く照り返すそれが、テロ組織・新生魔王国のアジトだと言う。
形は立派な造りだが、城砦と呼ぶには大きさが足りない。せいぜい屋敷と小さな砦というべきか。
とはいえ、船でなければ届かず、大軍で攻めるのも難しい立地だ。
「最終確認です。私が
「はい、団長!」
相手は国を名乗っているが、実質的には単なる規模の大きなテロ組織にすぎない。
故に、グラントリーはその首領を「魔王」ではなく「頭目」と呼んだ。
彼が率いる騎士団にとって、これは普段の暴徒鎮圧や山賊退治の延長に過ぎない。
部下達の準備が整ったのを確認し。
グラントリーは青白い刃の大剣を抜き、水の城に向けて振りかざす。
「はぁぁぁぁぁぁッ……≪アイスバーン≫!」
ミスリル製の大剣を通して増幅された【氷魔法】が、海面を凍結させて道を作り出す。
【氷魔法】スキルによる路面凍結は、低レベルならば罠や足止めに使うのがせいぜいだが、レベル40を超えるグラントリーが全力で放てば海面を凍らせ、全身鎧の騎士団員が全員が乗っても崩れない道を作ることができる。
グラントリー自身のみならば氷の道を滑って加速することも可能だが、今回は部下達のために、あえて表面を荒く仕上げて滑りにくくしてある。
「氷の道は長くは持ちません! 急いで渡り切りなさい!」
先頭で指示を出しながら高価な液薬を
海上に浮かべた砦のみが相手の陣地となれば、敵方の勢力もそれほど多く抱えることはできない、ということだろう。
賊は両手に少し余る程度の人数で、しかし、グラントリーが率いる精鋭の騎士団と拮抗していた。
中でも特に厄介なのは4人ほどか。
巨大なサルの魔物の肩に乗って操る老女を除けば、遠目には何をしているのか判らないが、いずれも1人で数人、あるいはそれ以上の騎士を相手取っている。
だが、グラントリーが対峙する頭目はその比ではない。
見た目は単なる猫系獣人の若い女だ。
仰々しいマントを纏ってはいるが、その内側は町歩きをするような普段着。
堂々とした威厳ある風貌でもなく、むしろ気弱で根の暗い雰囲気を感じる。
道ですれ違っても、剣の柄に手をやって軽く脅しでもすれば、簡単に腰を抜かしそうにも思えた。
それでも判る。これは別格だ。
グラントリーは魔法系スキルを持つ“魔法使い”とはいえ、種族的にはヒュームであり、種族的に魔力を感じる能力を持つわけではない。
そんな彼ですら、頭目から溢れる魔力は、物理的な圧を以て感じられた。
猫系獣人もヒュームと同様、あるいはそれと比べても劣るほど、魔力量やその扱いに秀でた種族ではない。
“魔法使い”も少なく、いたとしても大成はしない、それが多くのヒューム国家においても一般的な認識であった、はずだが。
正面からぶつかっても、勝てないとは言わないが、無傷とはいかない。
グラントリーは
すなわち、言葉によって投降を呼びかける。説得である。
成功すれば丸儲け。失敗しても会話に応じた時点で隙ができる。
グラントリーは事前の調査資料を思い出す。
海に沈んだ国は、少し前に――グラントリー達の国から見れば、沈んだ国を挟んで反対側の――ある国を乗っ取らんと、大規模なテロを起こした【魔王】、を、討伐した【勇者】の生まれ故郷だ。
この新生魔王国を名乗るテロ組織の前身は、その【魔王】が率いた魔王軍であったとされる。
国を沈めたのも復讐のためだろう。
【魔王】が暴れたのも【勇者】を生み出したのも、この国とは別の国。
そうなると、第三者であるグラントリーの国とは特に敵対をする理由もない。
勿論、国を沈めるような脅威が隣にいるのは国防上の問題があるため、討伐ないし捕縛することは覆せないが、それはまた後の話だ。
「国を沈めたのは、【勇者】への復讐のためですか!」
剣を収めて声を張り上げる。
なお、グラントリーは魔法使いなので、剣を収めても特に戦闘上の不都合はない。
「復讐は何も生みません!」
頭目は構えを解き、グラントリーの話を聞くように目線を合わせた。
「大事なのは復讐すべき事件を起こさない環境作りです!」
これは今まさに復讐に燃える人に向けたメッセージではなく、社会全体に向けた提案である。
だから復讐者が何か反論をしてきても、「これは個人の感情のような程度の低い話ではなく、社会の在り方を高めるソリューションの話なのだ」という返しで論破することが可能であった。
「え……えぇっと……?」
頭目は些か混乱しているようであった。
「ふ、復讐はもう終わったので……今更言われても……?」
成程、とグラントリーは頷く。
確かにその通りで、何も言い返すことはできない。
ゆえに、彼は話を変えることにした。
「それでは、これ以上ここで貴女方が為すべきことはありませんね」
「はぁ……まぁ、と、特にはないですぅ……」
「宜しい。それでは、ひとまず組織を解体の上、首謀者と幹部は大人しく出頭願いたい」
「えぇ? な、なんでですかぁ……?」
どうも相手は基本的な所が解っていないようなので、グラントリーは縁もゆかりもない賊に対し、親切にも状況と目的を説明してやることとした。
周囲では未だ騎士団と賊の戦いが続いている。
グラントリーはかいつまんで重要なポイントだけを説明した。
「要するに、危険なテロ組織が隣にあると民が不安に感じるので、組織の解体と、できれば首謀者の首もいただきたいわけです」
「な、なるほどぉ……確かに、お隣に国を沈める人が住んでるのは私も嫌ですぅ……」
「そうでしょう、そうでしょう」
「で、でも、私達にも……その、せ、生活がありますのでぇ……私なんか首を取られるんですよね……?」
頭目は断りの雰囲気を醸し出していた。
確かに、首を取られるのは嫌だろう。
しかし、それで多くの民の安寧が保たれるのだ。
国民ではない十数名だか数十名だかの賊の命と、数千もの国民の感情。
どちらが優先されるかは言うまでもない。
「残念ながら交渉は決裂ですね」
「こ、交渉……? 今の交渉要素ありましたかぁ……?」
まだ何かもごもごと呟いている頭目に対し、グラントリーはミスリルの大剣を引き抜いた。
別にこれが無くても魔法は使えるが、一応の増幅効果はあるし、何より見た目が格好いいためだ。
「貴女のスキルは【水魔法】でしたか」
「はぁ……」
「残念でしたね。私のスキルは【氷魔法】です」
青白いミスリルの刃に魔力を込める。
まだ魔法を発動していないのに、表面に薄く霜が降りた。
「うぅ……何の自身かよくわかりません……」
スキルは用途を絞るほど強い。
漠然と幅広い要素を扱う【水魔法】より、固体の水に限った【氷魔法】の方が、単純な威力が高くなるのは道理だ。
気体、液体、固体の3態を固体のみの1態に絞るのだから、単純計算で3倍の出力がある。
「と、とりあえず殺しますね……≪蛟舞い≫」
賊の頭目らしい野蛮で粗暴な呟きに応じて、周囲の海面から細長い竜の形をした水の柱が何本も立ち上った。
グラントリーは周りを囲まれた形になったが、全く慌てることなく、対抗呪文を唱える。
「愚かな……≪氷瀑≫!」
流れる水をそのままの形に、その場所で凍らせる。
空間固定の効果付与によって、天から降る雨すらも空中で固定する、水に対しては絶対的な優位を持つ魔法。
「そして……≪アイスゴーレム≫!」
続けざまに放つのは、氷像を生き物のように操る魔法だ。
相手の【水魔法】に込められた魔力をそのまま上乗せしている分、氷の竜は普段のグラントリーの実力以上の力を持っていることを感じる。
【水魔法】使いの力がグラントリーに劣るわけではない。
絶望的に相性が悪かった、ということだろう。
グラントリーは憐れみを込めて賊の頭目の顔を見た。
相手は困惑し、脅えたような表情で、震える声を漏らした。
「ゆ……≪融点操作≫ぁ……!」
氷の竜は瞬時に水の竜に戻る。
グラントリーが奪ったはずの操作権が、再び奪い返されたのを理解した。
「は?」
竜はグラントリーの首を、腕を、腹を、脚を食いちぎる。
海水の竜はその牙の周辺のみを赤く染めた。
***
「え、えぇ……そ、そこから、何もないんですかぁ……?」
【氷魔法】使いの騎士が死んだ後には、ただ困惑する【水魔法】使い――元魔王軍所属、新生魔王軍首領・リーン‐ジャクリーンが残された。
グラントリーの魔法で凍っていた海面は、彼の死と共に魔法が解除され、鉄鎧を纏う騎士達は成すすべなく沈んでゆく。
「まさかと思うけど、【氷魔法】で水を凍らせられるのに、【水魔法】で氷を融かせないと思ってたのかなぁ……?」
新生魔王軍のメンバーは、【水魔法】で作られた足場に避難を終えている。
「凍ってないと形を保てないなんて、【氷魔法】ってスキルとしてはハズレなんだなぁ」
誰にともなく呟いて、海面に控えていた水の竜の形を解く。
騎士の血の赤は瞬く間に海へと溶けた。
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