9-10. 観光名所を作るエリー(第九章完)

「折れた椅子の脚を食らえ!!」

「お前もポトフ中毒になれッ!!」

「腸内環境を崩壊させるッ!!」


 うっかり気を抜いていたところへ、エリーは急襲を受け。


「うわあっ、≪ボ≪ボ≪ボッ≫!!」


 反射的に3連続の速攻魔法で迎撃してしまった。


「……!?………」

「……ッ……!!」

「ォ……ッ……」


 ごく小さな火を高速で飛ばすだけの単純な魔法でも、レベル999ともなれば相応の威力を持つ。

 地面に転がる火達磨から、エリーは慌てて火を吸い消した。


「すみません、つい反射的に。急いで治療すれば助かると思います」


 わざわざ魔法で治療する義理もないが、普通に無傷で完封できる相手に重傷を負わせてしまった。それはエリーも申し訳なく思う。


 どれだけ油断していても負ける相手ではないのに。

 それが当たりスキルと外れスキルの差……というよりは、自分のスキルの使い方を者と、者の差だ。

 レベル999カンストには至っていなかったとしても、どんなスキルでもレベル100を超えていれば、何かしらの防御行動は取れるだろうに。


「あのですね、こちらは別に喧嘩を売りに来たわけではなくてですね」


 エリーは自身の圧倒的有利を自覚しながらも、絶大なる慈悲心を以て、黒幕らしき“先生”に対して下手に出てやる。

 何をしようと負ける理由はないのだから、この程度はハンデにもならない。


「それは、それは。ご丁寧に……あら?」


 “先生”は薄い笑みを浮かべつつ、わざとらしく首を傾げて見せる。

 魔力の動きを感じる。何かスキルを使う気だろう。


「ンンー? あなた、少し姿勢が右に傾き気味の所がありますね?」


 “先生”はエリーの自覚のない癖を指摘してきた。

 自覚どころか、実際にそんな癖は存在しないのだが、信頼できる“先生”が言うのだから間違いないのだろう。


 


 なるほど、と思うと同時に、


「おおっ、と!?」


 エリーの前身は右に倒れるように捩れた。


 これは【育成】レベル100「成果変質」の解放で使えるようになる、「特に存在しない癖を勝手につけて育てる」という用法だ。

 未だレベル999カンストに至らない【育成】ではそこまで理不尽なこと――存在しない体内器官を作って育てるだとか――はできないが、それでも戦闘中に使われたなら、十分に危険な技術と言える。


 なるほどなぁ、とエリーは思い、


「≪デフラグレーション≫」


 魔法で火を噴いて、空中で姿勢制御をおこなった。


「≪緋弦ひづる蟲籠むしかご≫」


 続けざまに細長い炎を檻の形に並べ、“先生”を無傷で捕縛する。


「残念ですが、これが実力差というもので」


 ここまで10秒足らず。


「そちらが何をしようと、全部受け切った上で、余裕で勝てるんです」


 慢心はエリーの短所ではあるが。

 それが弱点となり得るのは、最低でも相手のスキルがレベル999で、それなりに自らのスキルを使いこなせている場合、のみである。


出鱈目でたらめな……ンンッ、しかし外れスキル保有者の権利のため、ここで諦めるわけには……ッ!!」


 “先生”はフードローブの内側から、突き刺すような眼光でエリーを睨み付けてきた。

 誰かの権利だか何だかのために世界と戦う、というのは――どこまで本気なのかわからないが――立派なことだとエリーも思うが。

 別にエリー自身、当たりスキルの代表づらをする気はないのに、どうもむしろ、諸悪の根源とでも思われているような雰囲気だ。


「もう無理ですよ。そこからは何もできません」


 とりあえず降伏勧告を繰り返すことにする。


「できるかじゃありません……やるんですよ!」

「いや、できないものは、やれませんよ。できないなら、別のことやる方がいいと思います」


 何だかよくわからないことを言い始めたな。

 そう思うと同時に、黒幕のヒュームがエリーに掛けたスキルの効果が抜ける感覚があり。

 エリーは姿勢制御の魔法を解除して地面に降り立った。


 常識の擦り合わせが必要なのかもしれない、とエリーは考え、口にする。


「だって、ことならです。それがレベル999なんですから」


 とはつまり、ということだ。

 レベル999で「概念操作」の力に至った者にとってはと言い換えても良い。


 「概念操作」は万能の力だ。

 スキルによって「何が得意、何が苦手」というのはあるが、「これはできる、これはできない」という物は無い。魔力量さえ足りていれば。


 ただし、このスキルはこう使うものという固定観念が強くなるほど、その万能性は薄れる。

 経験と認識が、自由な発想の足枷となるのだ。


 しかし、経験がない者には、そもそも想像すべき方向性すらわからない場合もあるだろう。


 万能のようで、そうでもない。

 それがこのだとも言える。


「こじつけでも何でも、できると思えたらできるんでしょうけど。

 だって、自分でもと思ってるんですよね?

 だからんですよね」


 エリーは相手がどんなスキルを持っているのかは知らないが、恐らく、成長の手助けをする類のものだとは想像がつく。

 それならパッと思いつくのは、相手を急速に成長させて老死させるとか、自分の耐火性能を成長させて檻を突き破るとか。

 実際にどのような方向性のスキルなのかは知らないが、レベル999ならその程度のはできるし、そこまで大きな魔力消費にもなるまい。

 エリーは相手を動きを見ながら、そんな考えを巡らせていたが。


 それにしても、動きがなさすぎる。


「あれ」


 思い至る。


「もしかしてあなた」


 何もしないのではなく、何もできない。

 本当に。単純に。のでは?


「まだレベル999なってない?」


 相手の感情が揺れ、口元が引きつり、息を飲む音が聞こえた。


「そ、それは流石に……レベル999を舐めているのでは……?」


 エリーもまた、驚きに口元を引きつらせてしまった。


 エリーだって他人のことは言えないが、それにしたって相手も酷い。どう考えても、相手を舐めすぎだ。

 闇討ちならともかく、正面からレベル999のサポートスキルに負ける気は、エリーにだって毛頭ない。


「あ、あなたはっ」


 檻の中のヒュームが何か叫びながら、殺意を含んだ全身の魔力を舌に込める。



 エリーは魔法でその舌を軽く焼いた。


 それでも相手は魔力の流れを止めない。



 炎の矢で手足を貫く。


 それでも魔力は殺意の形に蠢いている。



 じわじわと身体の端から焼いていく。


 舌も手足も動かなくとも、視線で、身動ぎで、何かを仕掛けようとするのがわかる。



 なるほど、最後まで何かを「やろう」とするのは、この人のポリシーなのだろうな、と。

 エリーはそう納得した。



 仕方なく、エリーは檻と自分自身を含んだ一帯を、全身全霊の劫火ごうかで焼き払った。

 これはエリーなりの手向たむけのようなものだ。

 レベル999を育てておきながら、今一つその力を理解していなかった相手への教導であり、死の瞬間まで信念を曲げなかった相手への敬意であり、ついでに大量のテロリストを世に送り出した黒幕への恨みであり、シンプルに葬送でもある。

 火達磨になって死にかけていた3人も、いつの間にか死んでいたので、一緒に送ってあげた。


 炎は周囲一帯を包み、屋敷や近くの林は灰と化し、海は沸き、砂浜は広範囲にガラス化した。




 ガラスの浜はその後、長年に渡って地域の観光名所として知られることになった。

 その由来は誰にも知られることはなく、かつてここに住んでいた者達の名も、後世に伝わることはなかった。



===============

以上で第九章完結です。

いつもお読みいただきありがとうございます。


次回、十章でこのお話は完結となります。

たぶん九章の時ほどは時間もかからないと思われます。


章末まで書けた時点から毎日投稿になりますので、

引き続き、最終章で宜しくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る