7-11. 名を尋ねるエリー

 しばらく歩き回った後、左手法での探索が面倒になり、強化魔法を駆使して無理やり見えない壁をよじ登っていたエリーは。

 遠目に倒れ伏した調査隊メンバーと、もやに囲まれたタンシア、そして見知らぬハーフリングの姿を発見した。


「……≪アンチバリアフィールド≫ッ!!」


 タンシアの声と共に、ぐにゃり、と見えない壁がける。

 直後にタンシアは倒れた。


「≪デフラグレーション≫、≪ファイアアロー≫」


 足場が無くなったので飛行魔法を発動し、同時に、複数の炎の矢を飛ばす。


 状況から見て、あのハーフリングが何かやったのだろう。違ったら魔法で治せばいい。

 ハーフリングだがイェッタではない。他にハーフリングの知人はいないので、全然知らない誰かだろう。


 つい反射的に、知らない人の手足を灰にしてしまったが、見たところ倒れた面々に大きな傷はないようだった。そういえば、タンシアはもやに囲まれて結界を張っていたし、ガスによる事故の可能性もある。

 エリーは調査隊が毒によって倒れた事実は知らなかったが、火山帯に毒ガスが流れていることは、先日会った霧使いの猫獣人に聞いていた。


「≪聖炎≫」


 選択的に害となる物を浄化する聖なる炎を、一帯に放つ。

 白い光が辺りを舐めると、毒や臭気は消え、清浄な空気が場を包む。


 炎を魔力に還元して消した後も、エリーを阻んでいた壁は再生しない。

 やはり、先程四肢を灰にした見知らぬハーフリングが原因だったのだろう。

 空中を移動し、近くへ着地する。


 エルフの鋭敏な聴覚を以てしても、倒れ伏した調査隊メンバーの呼吸音は聞こえない。


「≪よく効くお灸≫」


 全員に治療魔法をかけてみたが、やはり回復する様子はない。

 場合によっては蘇生も可能な≪フェニックスブラッド≫を試してもいいが、死からの蘇生にエリーの場合は998のレベルを捧げることになった。

 レベル数十程度の相手では代償不足で、ただ灰になるのが関の山だろう。それなら、死体や遺品を身内の下に届ける方が良い。


「そこのハーフリングの人」


 エリーは色のない表情で、見知らぬハーフリングに声をかけた。


「だれがハーフリングだッ!

 アタシ達は! ソールリングだッ!!」


 何だか知らないが怒られた。


 そういえば、一時期そんな呼び名が流行った頃があった気はする。エルフ領のド田舎にすらニュースが回ってきたので、それなりに大きな流行だったのだろう。

 異種族の年齢はよくわからないが、その世代の人なのか。


「あー、ならソールリングの人」


 エリーは素直に言い直した。


「ここに倒れてる人達は、私の仲間なんだけど」


 長期間の仕事で親しくなった相手もいれば、今朝初めて会ったばかりの相手もいるけれど。


「何で死んでるんです?」


 小首を傾げてそう尋ねる。


「こいつらは、革命のための尊い犠牲だ」


 ハーフリング、もといソールリングはそう答えた。


 エリーは最近思ったのだが。

 犠牲という考え方は、あまり良くない。特に人を犠牲にするのは駄目だ。

 死んだらその人の可能性が潰えてしまうのだから。


「革命には犠牲はつきものだ。

 こいつらがのんべんだらりと生きてるより、遥かな大きな価値のあることがあるのさ」


 ソールリングは興奮した様子でそう続けた。

 寝転がって動けない状態で、よくそんな強気でいられるな、とエリーは思う。無実の通りすがりだった場合を考慮して、痛覚も刺激しないほど綺麗に一瞬で燃やしたので、あまり状況を自覚できていないのだろうか。


「一応ですが、そもそも何の革命なんです?」



 間が空いた。



 ソールリングが息を呑み、目を泳がせる。


 おや、とエリーも目を丸くする。まさかとは思うが、理由を忘れたとでも言うのだろうか。


「よくわかりませんけど。ほら、パッと出てこないようなのは、たぶん大した理由じゃないんですよ」


 それとも、理由などない単なる革命中毒なのだろうか。


「ち、違う……そう!

 外れスキルの、権利のための、革命だよ!」


 一応答えは返ってきたが、妙に間があったし、今考えたのではないか。


 聞いたことがある。短命種は下手に記憶力がいい――というより忘却力が悪いせいで、寿命間近になっても若い頃のことを忘れられない。己が輝いていた時代を取り戻すため、当時と同じことを繰り返そうとすると。

 きっとこの人にとってはそれが革命で、革命さえできれば、理由も大義も不要なのだ。

 エリーは自分の勝手な想像で、勝手に気を悪くした。


「私って、あんまり友達いなくてですね」


 つい愚痴が漏れる。


「この前私のお葬式があったんですけど、身内と加害者を入れても、参列者が2桁にも満たなくて」

「……アンタの葬式? 何言ってんだい?」


 呆けていたソールリングが、ようやく反応を返す。

 その声すらも、エリーは何だか妙に癇に障った。


「何を、苛ついてるのさ」

「初対面の通り魔に、知り合いを殺されて! 怒らない間抜けがいるわけないだろ!」


 地べたに転がる相手を蹴り飛ばしたい衝動を、どうにかこらえる。

 どうもやはり、レベルが上がってからまた気が短くなっている自覚がある。

 スキルに引き摺られているのだ。感情にが付きやすい。

 エリーは軽く目を閉じ、深く呼吸をした。


「ハッ、のうのうと生きて来た小娘が。知り合い程度が数人死んだくらいで、大袈裟だよ。

 あの頃アタシらの同志が何人死んだと思ってる」


 呑気なソールリングが毒を吐く。


「初対面の、名前も知らない人の苦労なんて知りませんよ」


 知るか、と心から思えたお陰で、逆に毒気を抜かれ。

 今度は落ち着いて答えることができた。


「大体、小娘って。ハーフ……じゃない。ソールリングなら、それこそ記録的なご長寿じゃないと、たぶん私より年下でしょ?」


 ハーフリングはヒュームより寿命が短い。

 種族寿命が成人したてのエルフの年齢と同程度であり、平均寿命にすればもっと下がる。

 エリーは普段、あまり短命種の年齢のことは気にしないが、それを言うと相手がことは知っている。

 案の定、相手は何とも言えない顔をしていた。


「ああ、そうだ」


 ポン、と手を打って。


「ちなみに、何のスキルの、誰さんですか?」


 意識して何でもない調子でエリーは尋ねた。


「……そんなこと聞いてどうするんだい」

「いえ。殺す相手の名前くらい、覚えておこうと」


 ソールリングはしばらく沈黙した後。


「【毒耐性】のハンナだよ」


 どんな心境だったのか、妙に素直にそう答えた。


「ありがとうございます。ちなみにレベル999ですか?」

「ああ、そうだ」


 やっぱりなぁ、とエリーは思った。


「“先生”や【魔王】という呼び名に覚えは?」


 ハンナは目をみはって、エリーの顔を凝視した。


「……あのお方……“先生”、のために。

 そうだ。“先生”のための、革命を……!」


 呼吸が荒くなる。

 体内の魔力が俄かに動き始めた。

 何だか暴走でもしそうだったので、


「≪ファイアアロー≫」


 エリーは魔法で止めを刺した。




「【毒耐性】でどうやって攻撃するんだろ。免疫異常とか起こすのかな」


 調査隊とハンナの死体を収納魔法≪物がたくさん入る火≫に回収しながら、エリーはぼんやり考える。


「免疫異常では即死は難しそうだし、相手の耐性を極端に手もあるかも。酸素や水で中毒死とか? こわ……」


 なお、エリーの案について、過去にスキルの応用法として思い付いた【毒耐性】スキル保有者は存在した。しかし、常識的なスキルレベルの範囲ではあまりに効果が小さく、結局は猛毒を持って自爆特効する方がまだマシな、曲芸にしても地味な技術であった。

 レベル999のハンナであれば、それなりに実用的な技術になっていたはずだが。最初から計画的にスキルを育て、低レベル時から応用法を考えていたならともかく、長年使っていたスキルで別の使い方を思い付くのは難しい。


 ハンナを回収し、キャラバン護衛組の5人を回収し、初対面の調査隊メンバーを順番に回収していき、最後に「フンガー」が口癖だった獣人を回収した所で、地面に座って空を見る。

 

「……“先生”って人は、外れスキルばっかり集めて何をするんだろう」


 革命、とハンナは言っていた。

 その仲間とおぼしき【魔王】は街を焼いていた、とローズマリーが言っていた。


 国を滅ぼしたりするのだろうか。

 迷惑な連中だな、とエリーは嘆息たんそくした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る