7-10. 壁にぶつかるエリー

 視点はその日の朝時点に戻る。


 指名依頼を受けたエリーが調査隊の集合場所の石像前に到着した頃には、既にそれらしい人々の姿がちらほら見えた。

 先ほど領都リエット市から文字通りきたエリーと違い、他の参加者は前日から温泉町に前乗りしている。


「多分あれだと思うけど……」


 このような、相互に面識のない日雇い派遣労働者同士の待ち合わせには、観察力と判断力が求められると聞いた。

 待ち合わせというのは、現地集合や飲食店での集合の場合を除き、目立つ建物や置物の周囲で行われるものだ。当然ながら、待ち合わせに使いやすいスポットには、自分達以外のグループも待ち合わせに利用する場合が多い。

 今回はエリーの所属する配達者ギルドの他に、冒険者ギルドや探索者ギルドなど、複数のギルドの合同調査となる。そのため、特定のギルド内で集合することができず――待ち合わせスポットとして使用されたのは、街の外に通じる門を入ってすぐにある、「コンコンちゃん像」と「ワクワクくん像」なる石造りのマスコットの前であった。


 像の正面側に立つ者。裏側に立つ者。門前に立つ者。石像から少し離れた建物に背を預ける者。時折石像の側を眺めながら彷徨うろつく者。近くの飲食店の窓から門を窺う者。

 早朝にも拘わらず人の姿は多い。数人単位で固まる者達もいたが、それが同じ調査の参加者なのかどうか……漏れ聞こえる会話で推測する必要がある。


 まあ別に、端から話し掛けて確認を取っても良いのだが。違ったら違ったで、他の人に話し掛けるなり、会話内容を聞いた調査隊メンバーが寄って来るのを期待するなり、どうとでもなる。

 どうとでもなるのだが、配達者ギルドの初心者講習で前述の内容を習ったため、郷に入っては郷に従えと、エリーは律儀にそれを守ることにしていた。

 実の所、これは最初期の講習内容の策定者が、見知らぬ他人との必要以上の関わりを苦手とする性質たちであったために設けられた項目で、各地の配達者ギルドでその内容を引き継いでいるだけのことであり、他ギルドでは同様の教えは存在しない。


 なので、配達者以外のギルドに所属する者は、わりと気軽に声を掛けてくる。


「あ、もしかしてエリーちゃんかなー?」

「エリーさんですか? もしかして今回の調査に参加を?」


 というより、どうも知人のようだ。


「……本当にエリーさね? エルフの顔は見分けが付かんさね」

「……えー、たぶん……他にエルフって見たことないでしょー?」

「……髪型は同じですし、服も護衛で同行していた時に何度か見たものですよ……恐らく……」


 エルフの鋭敏な聴覚には小声でそんな話をしているのも聞こえるが、お互い様なので何とも思わない。

 キャラバンの護衛メンバーということなら、恐らく、【頑強】のセセリナ、【結界魔法】のタンシア、【硬質化】のミミガーヌの3人組だろう。あの3人はよく一緒に行動していたし、言われてみれば装備にも見覚えがある。


「おはようございます。皆さんも火山の調査ですか?」

「あっ、うん、そうだよー。時間もあるし、報酬もいいしねー」


 鱗鎧のセセリナも、エリーの反応で確信が持てたのだろう。何事もなかったように笑顔で答えた。


「護衛組の他の皆さんは?」


 エリーは先手を打って、これ以上の知人の存在、不在を確認しておくことにした。


「カルビレオとホルモンツォはさっき見たでしょー? 他は誰かいたっけー?」

「ホネツイタールの奴は来ないさね。昨日飲み屋で会った時に聞いたさよ」

「レバーリエは不参加だそうですよ。理由は、スナズルさんが不参加だからということで」


 ジローが経費で取った商人向けの宿に止まったエリー達と違い、他のメンバーは大半が同じ宿に泊まるか、同じ飲食店を利用するため、情報共有もしていたらしい。

 纏めると、知人での参加者はこの3人と、【盾術】のカルビレオに、【受流し】のホルモンツォ。

 リエット市を拠点にしていた頃の顔見知りはいるかもしれないが、深い付き合いも無いので問題はあるまい。

 大きな盾が目立つカルビレオはともかく、ホルモンツォは武器も剣――つまり最もありふれた得物――なので、初対面の者も多い中、見分けるのはなかなか難しい。


「エリーちゃんは何してたのー? あー、友達に会うって言ったっけー?」

「ですね。お陰様で久々に会えました」

「おっ、よかったねー。一緒に遊びに行ったりしたのー?」

「はい、一昨日は一緒に温泉も行ってレベル上げしてました」

「熱湯風呂我慢大会でもしたんさね?」


 世間話で時間を潰していると、集合時間になったらしい。侯爵家の使用人が小さな三角の旗を持って現れた。

 それを見て、何処からともなく調査隊の参加者らしき人々が集まってくる。

 メンバーにざっと目を通すと、やはりほとんどはヒュームで、異種族はエルフのエリーと、獣人が2人だけだ。なお獣人はどちらも犬系なので、残念ながら見分けは付かない。

 ヒュームの2人組が、エリー達の方を見て軽く手を挙げた。内の1人は大きな盾を背負っているので、恐らくあれがカルビレオとホルモンツォだろう。エリーも軽く会釈を返す。


 侯爵家の担当者は手元の書類で人数だけを確認すると、「では宜しく頼む。報告はリエット市へ帰還後、各人のギルドに上げてくれ」とだけ行って、調査隊を送り出した。



 調査隊一行は、最初に全員で簡単な自己紹介を行った。キャラバンの護衛の時と似たような流れだ。

 それから門衛に挨拶をして町を出ると、目前の火山へ向けて進んでいく。

 エリーの知人は5人だけだが、全体としてはエリーを含めて10人にもなる大所帯だ。謎の噴火や火山の停止は、得体えたいの知れない化け物の仕業だとの説もある。が、何せ拘束時間の割に報酬が良い。緊急のため準備期間は無かったが、お陰で経費も依頼主持ち。リエット侯爵領の領主は、金払いだけは良いのだ。

 また、普段危険な魔物に接する機会のない一般人とは違い、高ランクの者業しゃぎょう従事者は「人里近くに突然強大な魔物が出現する」という状況にリアリティを感じない。大物が予兆もなく現れることは、理屈の上でも在り得ない。ごくごく僅かなリスクと割りの良い報酬を天秤にかければ、この依頼の受諾も妥当な選択と言える。

 植生も薄く見通しの良い火山地帯なら不意打ちの心配も少ない。万が一、巨大な龍種が山を闊歩かっぽしていたとして、麓からでも異常の原因が発見できる訳だから、それはそれで仕事が早く済む。


 むしろ、そんな美味しい依頼をたった10人しか受けず、それも他領の者が半数以上占めるのは、何故かと言えば。

 地元民なら、依頼主が「極めて気軽に平民の首を刎ねるタイプの貴族」だと知っているからなのだが。


「あ、そうだ。タンシア師匠。

 私、レベルが上がったので私も防御魔法も作ったんですよ。アドバイス参考にさせてもらいました」

「それはそれは。お役に立てて何よりです」

「すごいなー! エリーちゃん、後で見せてよー」

「今回は調査だけだし、見る機会は無いと思うさね」

「あははー、確かに、それは無いのが一番だよねー」


 遠目に見える火山には、勿論巨大な龍種の姿など存在しない。謎の火柱も、火山の停止も、原因はエリー自身なのだから。



 遠足気分で進んでいくと、登山道の入り口に到着する。


「キノコなんてカビの親戚でしょー」

「それは言い過ぎですよ、セセリナ。あれは味の無い草です」

「いや、アタイも食べる前は馬鹿にしてたんさよ。それが本場の採れ立てのウマシメジの香り、旨味と来たら――」

「ぐべっ」


 ドガン。


 雑談の最中。エリーの顔が爆発した。


「ひゃっ、エリーちゃん!」


 エリーの隣を歩いていたセセリナは、爆発音と同時に立ち止まったエリーの方を慌てて振り返る。


「なんだな、どうしたんだな!?」

「フンガー!?」


 エリー達より先行していた者達も、後ろを歩いていた者達も、エリーを心配しつつ、素早く外部からの襲撃を警戒し始めた。


「あ、すみません。大丈夫です」

「いやエリー、顔が爆発して大丈夫なわけが……無傷さね?」

「顔が爆発したのは私の防御魔法です。

 一応掛け直しますね……≪リアクティブアーマー≫」


 ≪リアクティブアーマー≫は外部からの衝撃を感知して相殺するように爆発し、その衝撃を緩和する設置式の爆発魔法で、日常でも使える便利な防御系【火魔法】だ。

 防御というと「炎や熱の壁で敵の接近を防ぐ」とか「近付いた物を全て灰にする」とか「蒸発させる」とか、兎角とかく物騒な【火魔法】スキルだったが、これは普段使いの防御魔法としてエリーが新規に開発したものだった。レベル60から使え、後世の【火魔法】スキル保有者にとっても十分に実用可能だろうと、エリー自慢の一品である。

 しかし、こんな何もない所で披露するつもりはなかった。


「何ですかね、これ。ここに見えない壁があるんですけど」


 ひょっとして、火山のぬし的な存在が、火山から熱を奪った危険人物を排除しようとしているのだろうか。

 ぺたぺたとパントマイムのように空中を触れるエリーを、他の面々は不思議そうに見ていた。


「何も無いんだな? ちょっとこっちから引っ張ってみるんだな」


 近寄ってきたカルビレオがエリーの手を引くと、


「いででででで!」

「ぬあ! ごめんなんだな!」


 低速からの圧力によるダメージには≪リアクティブアーマー≫は発動せず、早速新たな魔法の弱点が見つかってしまった。


「ふむ……確かにこの辺りに、エリーさんだけを排除する結界のような物が張られておりますね」

「えええ。私何か恨まれるようなことしました?」


 そう言いながら、心当たりは無いでもないが。


「……≪アンチバリアフィールド≫、これで通れるようになったかと」


 タンシアが魔法を発動すると、確かにエリーの前の見えない壁が消えている。


「おおっ、流石師匠! ありがとうございます!」

「どういたしまして……いえ、しかしこれは……ううん……」


 何やら唸っているタンシアに礼を告げ、エリーは見えない壁で塞がれていた先へ進む。

 他のメンバーも、当座の問題は解決したとして、止めていた足を再び登山道に向けた。が。


「すみません、エリーさん」

「はい?」

「どうも先程から何者かによって毎秒結界が張り直されておりまして。そろそろ私の魔法の効果も切れるようです」

「となると?」


 ドカン、とエリーの全身が爆発し、エリーは先程の壁のあったラインを越えて弾き飛ばされた。


「うぅ……酷い目にあった……」


 痛くはないが、痛くなければ良い、というものでもない。


「この火山帯に何かがいるのは確実だねー」

「火山の異常と関係がありそうなんだな」


 確かに、火山の異常とは関係ないはずだが、何かがいるのは間違いない。

 いや。もしかすると、火山の異常もエリーではなく、その何かのせいなのかも知れない。

 そうすればエリーは完全に無実だ。法的に罪はないとローズマリーのお墨付きをもらったが、それならば心理的な負担もなくなる。

 なかなか良い展開になってきたぞ、とエリーは気楽に思った。


「皆さんは先に行っていてください。私は壁の途切れた場所がないか探してみます」


 そう言ってエリーは調査隊メンバーから離れ。

 見えない壁に左手で触れながら、ぐるりと左回りに歩き始めた。

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