7-8. 許しを得るエリー

 火山地帯から領都リエット市までは馬車で数時間程度の距離がある。

 とはいえ、レベルが戻ったエリーにとっては、魔法で飛べば数分だ。


 エリーが直接空から宿泊中の宿に戻ると、従業員の一部が異様に深刻な空気を醸し出す様子が伺えた。

 何やら問題が起きたようだが、耳の良いエルフには、小声の密談だろうが筒抜けである。


「……どういうことだ? 温泉が突然常温になったなんて」

「……急報ですので、詳しくはまだ……推測ですが、昨夜の噴火らしきものが影響しているのではないかと」

「……一時的な異常か、それとも温泉が死んだのか……」


 これはまずいことになったな。

 元凶のエリーはそう思った。



「エリーさん! 遅かったですね」

「キュッキュー!」

「あ、ジローにヒタチマル。ごめんね、修業が楽しくて」


 同じ宿に泊まっている身内を合流し、挨拶を交わす。


「昨日寝てないから、朝ご飯はいいや……ちょっと昼まで寝るね」

「はい、休んでください。

 昨日の夜はこっちも大変だったんですよ」

「何かあったの?」

「キュッキュ……」


 ジローの報告にエリーが問い返すと、ヒタチマルが呆れたような声色で鳴いた。

 首を傾げながらジローに視線を戻すと、ジローは無表情で答えを返す。


「夜に火山の方で、空が燃えるような噴火があったそうです」

「……へー」

「此の世の終わりかってくらいの勢いで、空が赤く染まって、街中大混乱ですよ」

「キューキュー!」

「……それはそれは」

「でも溶岩も火砕流も来ないし、火山灰も飛んで来ないしで、これは天変地異の前触れかって。いや、もう十分じゅうぶん天変地異起きてると思うんですけどね」

「街に被害がないなら良かったね」

「で、朝になったら温泉のお湯が冷たくなってたそうで。源泉から全部」

「それは……残念だね」

「キュゥゥ……」


 一拍置いて。


「エリーさんの魔法ですよね」

「はい。ごめんなさい」

「リエット侯爵領において温泉が使えなくなるというのは、結構な経済的損失になるんですよ。

 日常的なの入浴に関するコストや、温泉目当ての観光客に影響が出るのも勿論ですが。

 リエット侯爵領では温泉の熱を使った温室農業、蒸気機関による機械工業も実用化されてるんです。これが永続的な状況になると、最悪、首を括る事業者も多いんじゃないですかね」


 ジローの話を聞けば、これはエリーが思ったよりも大問題のようであった。


「えっ……そんなことになるの? どうしよう?」

「と、言ってはみましたが。

 いくらエリーさんでも、相手は火山、大自然ですからねぇ。何日か経てば元に戻るんじゃないですか?」


 そう言って、ジローはやっと表情を崩した。

 ヒタチマル同様、呆れたような表情ではあるが、先程までの無表情よりは随分マシだ。


「良かったぁ」

「まぁ、本当に火山や温泉が死んじゃったら、ベンジャミン商会で買い叩いて傘下にしちゃいます。幸か不幸か、機械工業の方は自動化が進んでいるので労働者も少なめのようですし、技術者として吸収可能な範囲です。農業の方は何を育てるにも人手は要りますから、人数的な上限はありませんし。

 以前ほどの収益は出せないと思いますが、パースリー子爵領との交易用に北方の特産物を作らせれば、飢えない程度の儲けも出るでしょう。こちら側に有利な交渉材料が増えますね」

「良かったのかな?」

「キュー?」


 何を言っているのかはピンと来ないが、どう転んでも問題ないなら、そこまで慌てることもないだろう。


「エリーさんは顔がいいので、その分を含めれば余裕で差し引きプラスです」

「キュー??」


 ともかく、ジローが問題ないと言うなら、問題ないと思いたい。

 エリーは深く考えるのをやめ、部屋に戻って眠ることにした。




 ***




「やっぱりエリちーの仕業だったのね」

「はい。ごめんなさい」


 エリーの仕業を疑い、侯爵邸から様子を見に来たローズマリーは、話を聞くなり大きな溜息をいた。


「まあ、王国法に“火山を凍らせるべからず”という法はないのよね。天然石の破壊なんかあれば違法だけど、火山の機能自体は財産とも認められていないし。温泉権はあくまで温泉の湧水を利用する権利であって、水源自体が変質した場合については特に記載もないし。毒物や異物を混入させた訳でもないから、飲用水関連の法律にも抵触しないし。水の流れ自体に影響はないから、水利権にも関わらないし」

「……つまり?」

「………………合法!」

「やったぁ!」

「我がフルリニーア王国においては、全く問題なく合法よ。他所の国の法律なら知らないけど、今回は関係ないしね」


 ローズマリーからのお墨付きを得て、エリーは完全に無罪と認められたことになる。


「それに、神に授かったスキルで山を動かしたり、海を割ったりなんてのは、聖書でも推奨されてるのよ」

「え。本当に?」

「スキル以外の、人類独自の力で大規模な地形操作をすると、大体天罰が下って街や種族が滅びるんだけど。同じことをスキルでやると褒められるの」

「へぇぇ」


 ヒュームの宗教は難しいな、とエリーは思った。




 ***




 昼下がりの人が少ない時間帯。

 配達者ギルドに1人で顔を出したエリーは、受付の同僚に呼ばれてバックヤードから出て来たイェッタに捕獲された。


「おう、チャンエリよぅ……やってくれたなぁオイ」

「はい。ごめんなさい」

「原因究明のための緊急依頼まで出ちまったわ。うちだけじゃなく、者業しゃぎょう系のギルドの合同でなぁ」

「……ちなみに、配達者ギルドの予想だと原因はどんな感じ?」

「氷雪系の魔物が住み着いたとか、逆に火炎系の魔物が引っ越したとか?

 何にせよ、こんなことが出来るのは龍種級だろって話になってる。エルフの仕業だって説は出てないよ、良かったなぁ?」

「ありがとね、イェッタ」


 エルフ原因説が出ていない、ということは、要するにイェッタがその説を挙げなかった、ということだ。

 近所の森が一晩で焼けた経験のあるイェッタなら、「でかい火を見た」というだけで第一容疑者にエリーを挙げてもおかしくないのに、だ。


「帰りの日程にはまだあるだろ? なら今晩奢ってくれたらいいよ。へっへっへ、葡萄酒の旨い店があるんだよね」

「じゃあ軍資金稼いでくるから、何か日帰りのお仕事ちょうだい。

 この時間からだと、馬車で往復3日以内の距離かな?」

「今おかしなこと言ってる自覚あるか?」


 と、2人が勤務時間中に終業後の予定を立てていた所へ。


「あ、エリーさん! ちょうど良かった!」


 外出用の上着を纏ったギルド職員が、何やら筒状に丸めて縛った書類を持って、エリーとイェッタのもとへ近付いてきた。

 イェッタがスッと姿勢を但し、営業用の真顔で会釈する。

 エリーは何事かと口を半開きにしながら、接近する職員を迎える。


「はい? 何かありましたか?」


 何かやらかしたか、というと心当たりは大いにあるのだが、エリーはつとめてとぼけて応えた。


「エリーさんに指名依頼です。まずは依頼書をご確認ください」


 丸めた書類を受け取りながらイェッタに視線で問うと、知らないと言うように首を横に振る。


「……なぁパイセン。今朝時点じゃそんな話なかっただろ?」

「……大きな声じゃ言えないんだけど。領主様から連絡があったそうよ……」

「……マジかよあの糞領主……行政が一般企業の運営に干渉すんなよ……」


 小さな声で話そうが、エルフは耳がいいので全部聞こえている。

 エリーは書類に目を落とし、ギルド職員達の情報漏洩を、表面上はスルーすることにした。


「火系スキルの専門家として、昨夜の火山の噴火と温泉の温度低下の調査に当たれ……と」


 何故、領主にスキルも知られているのか。面識もないのに。

 街の中で大規模な魔法をぶっ放したことは、知られていないはずだし、知られていたら面倒なことになりそうだが。

 エリーは思案する。


 そういえば、ローズマリーが今日も領主邸に行くと言っていたが、そこで何かあったのだろうか。

 彼女が意図的にエリーを売るとは思わないが、話の流れで【火魔法】スキルの同行者がいる、程度の話はしていたのかもしれない。


「あれ。これ依頼難度がミスリルNice!級になってますけど」

「ああ、話が前後してしまい申し訳ありません。今回の依頼内容は、流石に黄金級配達者には対応が不可能だということで。支部長権限で白金級を飛ばしての2段階特進となりました。新しいギルドカードもお渡ししますね」

「ええ? ありがとうございます?」


 配達者ギルドは無駄にランク区分が多いので、他の似たようなギルドと比べて昇級は早い。が、何もしていないのに2段階も上がるのは、流石に珍しい事態だ。

 困惑しながら今までの物と交換した新しいカードは、ミスリル製なのだという。

 金属に興味のないエリーには、銀との違いが判らなかったが、どうも一般的にはミスリルやオリハルコンは高価な希少金属であるらしい。


「エリーさんは待機中とはいえ他の護衛依頼の途中ですし、通常なら指名依頼には拒否権限もあるのですが……今回は相手が相手ですし、護衛の依頼主であるパースリー様からも許可が出ているということで」

「はぁ……」


 ローズマリーが許可を出したということはだ。

 断ることで不都合が起きると判断したのだろう。

 かつて領主の実子たる【掌返し】のシャルロットにより一方的に蹂躙された程度のこの領に、正面から殴り合ってローズマリーに勝てる戦力があるとは、エリーには思えなかったが。


「今回は他のギルドとの合同調査となります。

 時間が無くて申し訳ないのですが、明日の朝に、火山の麓の温泉町、わかりますか?」

「あ、はい」

「良かった。そこの門を入ってすぐの広場に集合です。詳しい時間と場所は依頼書に記載していますが、遅刻の無いように、こちらで用意する馬車での前乗りを推奨します……が、エリーさんって移動が妙に速かったですよね?」

「そうですね。明日の早朝に出ても間に合うと思いますけど」

「でしたら、それでも結構です。緊急依頼扱いのため、消耗品等はこちらで用意いたしますので、カウンターの方でお受取りください」

「わかりました」


 何だか急にせわしなくなってきた。

 イェッタとの夕食も延期だな、とエリーは思った。




 ***




 実際の所、ローズマリーが【時魔法】で時間を巻き戻す前の時間軸では、些細ないさかいは領地同士が血で血を洗う内戦に発展したそうだ。

 その時は厄介事を嫌ってすぐに子爵領に帰ったので、実際の調査結果等は知らないが。火山の異常については、どうせ原因はエリーなので、特に問題も起こるまい。何にせよ、内戦勃発よりはマシだろう。

 ということで、ローズマリーは事後承諾で、エリーの代わりに今回のダブルブッキングを受けたのだ。



 翌朝、まだ空が暗い時間にも関わらず、ローズマリー、ジロー、ヒタチマルの3人はエリーの出発を見送りに来てくれた。


「ごめんね、エリちー。王国法では王国貴族同士の死闘や、領地間の内戦は違法行為だから……」

「まぁ、ちょっと登山するだけでお金が貰えるならいい仕事だよ」


 合法だったらいいのかな、とは思ったが、一先ひとまずエリーは飲み込む。


「油断だけはしないでくださいね、エリーさん」

「キュー」


 ジローは勿論、今日はヒタチマルも留守番だ。

 調査依頼には指名枠以外に、自分で依頼受注しての一般参加も可能だが、ギルド側は、龍種に相当する強大な魔物が関わる事態を想定している。強靭にして長命、たった1匹で天変地異に等しい被害をもたらし、過去には複数の国家を滅亡に追い込んだとされる存在……が、関わっている可能性がある。調査や偵察だけでも、それなりの能力は必要だ。

 実際は何もなかろうが、黄金級配達者ですら荷が重いとされる仕事に、黒鉄級のヒタチマルが参加できるはずもない。


「それじゃ、行ってきます。

 何もなければ夜には帰る予定だけど、遅くなるからジロー達は先に寝ててね」


 何かあるわけもないが。

 と、そこでエリーは、一昨日の晩に会った霧の魔法使いを思い出した。

 思い出したが。そもそも異変の原因は自分自身なので、だからどうしたという話だ。

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