5-10. 慚愧に堪えないエドワルド

「あっ! 何か今スキル使われてました!?

 無し無し、今の魔法は無しです、怖いので!!」


 エリーは慌てて≪炎身付与≫を解除した。


 抵抗できない相手をじわじわ焼き殺す。

 開発者の精神を疑う魔法だ。

 この魔法を作った【火魔法】使いは、当時、何か嫌なことでもあったのだろうか。


 そんな、何となく怖いので使いたくない魔法を、心ならずも使ってしまったエリーは、地面に横たわるエドワルドを不安げに見下ろす。


 全身の火を消されたエドワルドの身体が、瀕死なれど命を保てる最低限まで回復し。そこで、遂に魔力が尽きた。

 服は全て灰になったが、表皮は多少の火傷程度で、すぐさま命が尽きるような状況ではない。


「生きてますね? ……抵抗しなければ追撃はしないので、しばらく大人しくしてくださいね」


 距離を保ったまま呼び掛けるエリーに。


「……………だ、………は……」


 エドワルドは掠れた声で問い掛けた。


 エルフは耳が良いので、そんな小さな掠れ声でも、問題なく聞き取ることができる。


「何がしたいんだ、アンタは……ですか?」

「………」

「いや、さっきの魔法は私が悪いんじゃなくて、変なスキルで精神操作をされたせいですからね?」


 エリーは心外だとでもいうように、口を尖らせそう答える。


「……う、…………………」

「目的って、今回は普通に正当防衛だと思うのですが」

「……………」

「え? ああ、人生の目的みたいな話ですか?」


 瀕死に追い込んだ相手と、友達のような調子で気軽に話せる『外れスキル狩り』。

 そのさまをエドワルドは異常だと感じたが……しかし、己の過去を思い返せば、自分自身も似たようなことをした経験はある。

 地元の仲間と強盗に入った家で、瀕死の家主や、その妻と娘の死体達と高級ワインで乾杯し、ゲラゲラ笑っていた思い出だ。

 それと似たようなものかと思えば、むしろ親近感が湧いても来た。


「私の人生の目的は、平和で優雅なスローライフですよ!」


 エリーは楽し気にそう語る。


「最初は、嫌いなものを叩き潰す。それを目的にレベルを上げました」


 そこには過去のエドワルド達がしていたような、相手を嘲り、辱める表情はなく、ただただ自分の夢を語るのが楽しくて仕方ない――そんな光輝く表情が浮かんでいた。


「貴方達も似たような物では?」


 それは確かにその通りだ。


 エドワルド達のスキルレベルはいつの間にかカンスト状態になっていたが、「レベルを上げたい」と思った記憶は薄らと残っている。

 その理由は「世界への復讐」だった。そんな気がする。


「私はですね、嫌な物を見たくないんです。綺麗な物だけ見て暮らしたい」


 それもそうだ。楽しいことだけして暮らしたい。


「少し前に【催眠】スキルのアートさんって人に会ったんですが、あの生き方は、ちょっと憧れますよね。自分の好きな物を集めた環境で、好きなことだけして暮らしてるんです」


 あの、と言われても知らないが、そのアートとやらも自分達と似たような者だったのだろう。


 しかし。

 このエルフと自分達は、何かが違うような気もする。

 エドワルドはこんなに楽しそうに、他人の幸せを語れない。

 こんなに楽しそうに自分の夢を語れない。


 エリーの顔を見上げる。輝くような笑顔だ。

 成人の儀式、スキルを得たあの日から、エドワルドはこんな笑顔を浮かべたことがあっただろうか?


「世界征服もいいかも知れませんね。世界を滅ぼすのでもいいですけど」


 似ているように見えて、自分とこのエルフの間には高い壁がある。

 同じ理由に見えて、まるで根が異なる?


「どちらも駄目なら、嫌な物だけ焼き尽くして、世界を救う英雄です」


 エドワルドはエリーの目を見つめた。


 輝く笑顔の中心で。


 そこだけが深く、昏く、淀んでいた。



 ああ。



 似ているように見えて、まるで違っていて。

 けれど本質は同じなのだ。


「………………?」


 エドワルドは尋ねた。

 掠れた声でも、このエルフは拾ってくれるだろうと。


「善悪の基準、ですか? そりゃあ、私の判断ですけど」


 からからと、淀んだ目で笑う。


「その判断の基準として、ヒュームの法と文化は結構詳しくなりました。他の異種族のも学びたいですねぇ」


 エドワルドは声を出さずに笑った。

 相手が何を言っているのか、完全に理解できたわけではないが。


 このエルフは世界の敵だ。


 エドワルド自身も世界の敵だと自覚しているが、敵の敵は味方というわけでもない。


「何笑ってるんです?」


 エリーは眉根を寄せて問い詰め。


「……あ! 思い出しましたよ。

 貴方あれですよね、昼に私をナンパしてきた人ですね!」

「…………………」


 今度は「ナンパじゃない」と、確かに答えることができた。


「そうですか。まぁテロリストで異種族の人にナンパされても困るんですけど。

 うーん…………あれ? でも全然来ないですね。官憲の人」


 自分と会話しながらエリーが警邏兵を待っていたことを聞き、エドワルドはまた笑ってしまう。

 近在の派出所は、全て先んじて制圧済なのだ。

 特に教える理由も無いので、そのまま黙っていようと思う。


「また笑ってますね? 他人の夢を笑うのは良くないですよ」


 笑った理由を勘違いされたようだが、それも訂正する理由はない。

 訂正するだけの体力も残っていない。

 魔力の回復も遅い。というより、全く回復する気配がない。


「じゃあ、そっちの目的は何なんですか」


 問われたエドワルドは「世界に復讐するため」、どうにかそれだけ答えようとした。



「……………、…………………………、………………………」



 掠れた喉は、まるで違う言葉を吐いた。



「いや、『あのお方』とやらの話じゃなくてですね。

 あ、でもそのお方って“先生”とかいう人ですか?

 それとも【魔王】って人ですか?」


 “先生”に【魔王】。

 聞いたことがあるような、無いような名だ。


「……………」

「ですよねぇ。なんか精神操作で忘れさせられてるみたいですし」


 エリーは残念そうに溜息をつく。



 わからない。



 最後の言葉が、そんなつまらない言葉になったことは、今際のエドワルドの心残りとなった。

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