5-9. 襲撃されるエリー
異変に伴い、悲鳴の
ただヒタチマルが妙に落ち着かず、
既に時間は真夜中であり、宿の廊下を歩けば音で誰かを起こしてしまうかも知れない。
魔法による肉体強化は最近掛け直して以来、まだ切れていない。
エリーは窓を開けて飛び降り、周囲を見回した。
森エルフの鋭敏な聴覚が人の囁き声と、呻き声を拾う。
夜の市街で火魔法を使うのも
「……くんかくんか……奴が近付いて来ておるようだな」
そんな声が聞こえる。
どうやらエリーの接近に気付いているようだ。
誰かのではなく、エリーの接近に。
暗闇に目を凝らせば、そこには4人の人影がある。
月光のみで薄暗い中、異種族の見分けとなれば難易度が高いが――ニンニク臭い犬耳獣人には見覚えがある。
見覚えというか、嗅ぎ覚えが。悪臭テロの実行犯だ。
「そこかっ!」
その悪臭テロリストが、エリーの隠れる場所にギョウジャニンニクを投げつけた。
「≪フラッドライト≫、≪ヒートヘイズ≫、≪ファイアビット≫」
エリーは即座に大規模照明用の魔法、自分の周囲に不可視の熱壁を貼る魔法、自律機動する複数の火の玉を出す魔法を連続発動した。
飛来したギョウジャニンニクは空中で燃え尽き、食欲をそそる香りが周囲に広がる。
「うっ!」
香りはともかく、炎の光に耐性のあるエリー以外は突然の光に目が眩み、顔を覆って動きを止めた。
光に照らされた相手の姿が、今度ははっきり見える。
悪臭テロリストの実行犯が、仲間を引き連れて目撃者を消しにきたのか。
たかが悪臭テロでそこまでするか? とは思うものの、実際に来ているのだから仕方がない。
「そこの悪臭テロ実行犯! 神妙にお縄に付きなさい!
仲間を連れて来たようですが無駄なことですよ!」
大声で叫んでいれば警邏兵も来るだろう。
そうすればエリーはフェードアウトだ。宿屋住まいの市民未満として捕縛の協力くらいはしても良いが、矢面に立ちたくはない。
「くそっ、卑怯だぞっ! 『外れスキル狩り』!」
「んぎぇー!」
禿頭のヒュームとウサギが叫ぶ。
何となく見覚えのある組み合わせだが、ヒューム領に住んで数週間のエリーでは、異種族の見分けは未だに難しい。
それより、聞き捨てならないのはエリーに対する呼び名だった。
『外れスキル狩り』、エリーをそう認識した上で突っかかって来る。
「も、もしかして……また外れスキルレベル999の
「そうだッ! 俺達は泣く子も黙る、外れスキル四天王! 昼間の借りを返しに来たぜ!!」
嫌な予感は的中した。
「畑を焼いたのは悪かったですけど、市内巡回の仕事中だったんですよ……程度はともかく、テロを止めるのは仕事の内なので」
何だか妙な名乗りを上げる禿頭のヒュームに、エリーは少し申し訳なさそうに答える。
外れスキル四天王、とかいう胡乱な名乗りも、懸命に聞き流そうとする。
四天王と名乗っているので、人数は4人いるのだろう。
もしかしたら無関係な通行人かもしれないと思っていた、小奇麗な格好のヒュームも仲間なのだろう。
思考が止まらない。聞いてしまった言葉は、エリーの脳に認識されてしまった。
通報してくれ近隣住民。
早く来てくれ警邏兵。
エリーはそう、強く願う。
しかし願いも虚しく警邏兵はなかなか姿を現さない。
代わりに、禿頭のヒュームの怒声が、僅かに勢いを緩めた。
「おまっ……畑を焼いた? それだけか?」
「と言いますと?」
何か、驚くことでもあったのだろうか。
「おい、まさか、俺のことを覚えて……ねえのか?」
「えっと、すみません。異種族の顔の見分けは、まだちょっと難しくて。ほら、ヒュームや獣人の
「知らねえよ! エルフなんざ他に会ったことねえからな! まだ眩しくて目も見えねえしな!」
何だこいつら、とエリーは思った。
「よく見ろ! この頭! 頭に乗せたウサギ! そこそこ特徴あんだろが!!」
「ぷぅぷぅ」
「えぇ……だって、頭にウサギ乗せたスキンヘッドの人なんて、今日の昼にも会いましたし……」
「それだよ! それが俺!!」
「はぁ?」
確かに、市内巡回中に派出所襲撃テロを起こした犯人が、そんな特徴を持っていた。それを踏まえても、相手の主張はおかしい。
「だって、それなら灰にしましたよね?」
確かにエリーはその犯人の胸を魔法で貫き、死体は焼き尽くした。
「ガッハッハ! それが生き返ったのよ!」
そんなことを言われても、とエリーは思う。
エリーにはヒュームの見分けが付かない。
髪を剃って頭にウサギを乗せたヒューム男性なら、誰でも同じ主張ができてしまう。
反応の悪いエリーに、相手の笑い声は徐々に小さくなっていく。
エリーは何だか、申し訳ないような気分になってきた。
「おい、カルロス。いつまでもくだらないことやってる場合じゃないだろ」
「ちっ……済まねえ、エドワルド」
「そろそろ視界も戻ってきた。
まずは名乗りだ。それで、死ぬ前に俺達の存在を、魂深くまで刻み付けてやろう」
禿頭のヒュームがカルロス。小奇麗な服装のヒュームがエドワルド。
エリーは脳内の一次記憶領域にその名を刻み付けた。
エドワルドが片手を上げて指示を出すと、4人が整列する。
どうやら何かが始まるらしい。
エリーは固唾を飲んで様子を見守る。
まずはカルロスが、胸筋を強調するようなポーズを取り、叫ぶ。
「俺は【心変わり】のカルロス!」
続けて茶系色の服を纏ったヒュームが口を両手で押えるポーズを取る。
「私は【口下手】のツグミ!」
続けて犬耳獣人が手に持った草を掲げて。
「我は【行者ニンニク】のテッサイ!」
最後にエドワルドが、意味は解らないが何だか格好良いポーズで。
「俺は【生活魔法】のエドワルド!」
それから、全員が立ち位置を中央寄りに移動して。
全員が揃ってこう叫んだ。
「「我等、外れスキル四天王!
この世の不公平を是正する正義の使徒なり!!」」
「ぷぅぷぅ」
それを見たエリーは。
茶色い服のヒュームがツグミ。臭い人がテッサイ。
脳内の一次記憶領域に、その名を刻み付けた。
と。
「あれ、なんか、あのツグミさん?も見たことあるような」
エリーの脳裏をよぎるのは、これもまた昼間の記憶である。
訓練所に死体の山を築き、謎のスキルでエリーとヒタチマルの言葉を封じ、ヒタチマルに殴り殺されたテロリスト。
言葉を封じるとはつまり、魔法を封じるということだ。
魔法使いの天敵。
そういえば、先程の名乗りでも「【口下手】の」と名乗っていた。
死んだと思ったが、死者蘇生の別事例がちょうど目の前にいる以上、同じことがあっても不思議はない。
これは放置すると死ぬ奴だな、とエリーは判断した。
「『外れスキル狩り』! いざ尋常に勝負!」
「≪ボッ≫」
だからエリーは、最初に【口下手】のツグミを始末した。
速攻魔法≪ボッ≫。火魔法最速の攻撃魔法である。
効果は「対象をとにかく速攻で燃やす」。
「なっ、ツグミ!? てめえ、汚ねえぞ!」
「余裕があるなら舐めプもしますが、普通に強いテロリストと、相手のペースで戦う義理はありません!」
憤るカルロスに、エリーは堂々と言い返す。
「≪ミニマムスタンダード≫!」
「うわっ、高レベルの治療系魔法ですか!? 全然外れスキルじゃないでしょ! では≪紅蓮地獄≫で!」
とにかくツグミを行動させるのは危険と見て、エリーは不死者も灰すら残さず焼き尽くす確殺魔法を行使する。本気だ。
仮に魔法を封じられても、戦闘開始前に準備した≪ヒートヘイズ≫、≪ファイアビット≫だけで対応できるかもしれないが……何せ相手はレベル999が4人。
何をしてくるか判らない以上、明白な危険要素は排除する他ない。
基本的に絶大な力を過信して余裕を晒しているエリーだが、だからこそ、その力を封じる天敵に容赦をすることは無いのだ。
【口下手】のツグミは、名乗り上げ以外に一言も喋ることなく、完全なる死を迎えた。
このまま残りの3人も8基の≪ファイアビット≫で蹂躙しようと思ったが、
「くそがっ! これでも食らえ!」
「ぷぅぷぅ」
そこへカルロスが【心変わり】のスキルを放つ。
エリーの脳が揺れ、感情が狂い、気分が変わる。
「速攻で片付けようと思いましたが、折角なのでじわじわと苦しめて殺しましょう」
「はあっ!?」
心変わりはした。
しかし、力に溺れた殺戮エルフが戦闘中に抱く選択肢に、僅かでも平穏に連なる物があろうはずもない。
「≪炎身付与≫、≪炎身付与≫、≪炎身付与≫、ついでに≪炎身付与≫」
【火魔法】レベル60以上で使用可能な魔法、≪炎身付与≫。
これは強化魔法の皮を被った拷問魔法である。
味方への強化魔法が対象からの魔力による抵抗を受けにくいことを利用し……武器への火炎付与魔法から「火耐性」の要素を取り払って、対象を「生身の肉体」に変更した物だ。相手は普通に燃える。
「うおっ!?」
「ぐうっ、小癪な!」
「くっ、≪ベーシックインカム≫!」
「んぎぇー!?」
カルロス、テッサイ、エドワルド、ウサギに向けて4連続で放たれた魔法。
カルロスとウサギは回避を試みたが直撃。テッサイは咄嗟にギョウジャニンニクで壁を作り、エドワルドは自分に何かの魔法を掛けた。
「――! ―――!!」
肺も喉も焼かれたカルロスは、声を発する事もできないまま、緩やかに焼死した。
ギョウジャニンニクの壁も特に何の役にも立たず、テッサイも同様に焼死。ウサギもだ。
「ぐっ……うわあああ……ぁぁっ!!」
しかしエドワルドだけは、まだ悲鳴を上げる程度の余裕があった。
全身を火に焼かれながら、同時に再生しているのだ。
【生活魔法】、≪ベーシックインカム≫による継続生命維持の効果は、エドワルドの魔力が続く限り途切れない。
その魔力が切れるのも時間の問題だったが。
幸か不幸か、カルロスの死によって、エリーへの【心変わり】の効果が解除された。
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