3-8. 雀躍するエリー
「やっぱり、個の暴力で優位を取るには、ヒュームって大分不利なんでしょうね。
身体能力では獣人に劣り、魔力ではエルフに劣るわけですから」
犯罪組織の構成員――イザベラが悔し気な顔で、次いでメリーが悲痛な顔で、血の海と化した部屋を去ってゆく。
組織のリーダーのキョロリックは、エリーから目を逸らさないまま、小さく頷いて返す。
「スキルレベルをカンストさせた所で、スキルを使うのに必要な魔力は有限ですし。エルフだって元々ヒュームよりはずっと魔力量も多いですけど、それでも無限じゃないんです」
エリーはそれを気にした様子もなく、独善的な教授を続ける。
「そこで重要なテクニックが、魔力の回収です。
魔法系スキルだと大体、過去の実例としてスキル側に刻まれてると思うんですけど……技能系スキルだと知られてないのかな?
魔力で水とかを生成する反対に、水を魔力にしたりするやつですね」
魔法系のスキルは最初、対象の「単純操作」から始まり、レベル50で対象物の生成が可能となる。
たとえば、【水魔法】なら魔力から水が作れる。
つまり魔力を水に変換できる。
ならば当然――その流れを逆回しすることで、水を魔力に変換することもできる。
「【斧術】スキルレベル50以上の人なら、たぶん斧を魔力に変換できると思います。相当お金が掛かるので、あんまりお薦めしませんけど」
四属性魔法と呼ばれる内の3スキル、【水魔法】【風魔法】【地魔法】の強みは、魔力の材料が自然界に膨大に存在することだ。
これは単純に、膨大な容量の外付け魔力タンクが存在することに等しい。
翻って【火魔法】が扱う火は、それほど自然界に多くはない。
だが、火は「燃え広がる」。
そのため、燃やせる対象が相手なら、ほぼ無限に魔力を使えることになる。
「ちなみに、火で攻撃すると、相手や周りが燃えるので、火が増えます。
その火を魔力に変換すると、魔力が増えます。
火の魔力変換は余計な延焼も防げて安全なので、【劣化コピー】で【火魔法】のスキルを使う時は、絶対に忘れないでくださいね」
さて、とエリーは両手を叩き合わせ。
「では、どうしましょう? 投降しますか?
それとも、駄目元で【火魔法】で反撃してきますか?」
無表情のままで、そう尋ねた。
***
キョロリックは、エリーの話を半分以上聞き流していた。
無理もない。
目の前には凶悪な殺人鬼がいるし、周囲には自分の仲間達の死体が転がり、部屋の床は血に沈んでいる。
メリーとイザベラはもう十分な距離を取っただろうか。
スキルレベルを上げてパースリー領に戻ってきたキョロリック。
絶対に信頼できる仲間を求めて、全財産を
傷だらけで愛想もなく、ひたすら異種族を憎悪する
仲間の中で、メリーが一番懐いていたのがイザベラだ。
高額な医療費を払う余裕がなかったキョロリックは、【劣化コピー】で他人のスキルを借用するため、治療に関するスキルを持つ者を探していた。
食堂でイザベラの近くの席に座り、【治癒魔法】でメリーを治療していた所を彼女に見つかって……イザベラはメリーの治療を手伝ってくれた。
キャシーの死体が視界に入る。外傷はないが、顔は苦悶に歪んでいた。
首から上を燃やされたヴァネッサ、胸に大穴を開けたルカ、両腕を失って失血死したハンナを見る。
そして、灰も残らなかったマリーダ。
それぞれとの出会いと、共に過ごした日々を追想する。
日数だけで数えれば、そう長くもない。
それでも彼女達はキョロリックにとって、初めての本当の仲間だった。
「では、どうしましょう? 投降しますか?
それとも、駄目元で【火魔法】で反撃してきますか?」
投降は在り得なかった。
しかし、【劣化コピー】で勝てるとも思えなかった。
実際、キョロリックの戦力分析は正しい。
火を魔力に変換できる【火魔法】ならば魔力は実質的に無限だ。【劣化コピー】でスキルをコピーしても同じことが言える。
とはいえ、初撃は自前の魔力を使うことになるので、その点でヒュームがエルフに敵う道理はない。
また、魔力変換の効率も最大火力も【劣化コピー】が本家【火魔法】に敵う筈もない。
【火魔法】に【火魔法】で抗うのは悪手だ。
【劣化コピー】は仲間にすれば強いが、敵対すれば弱いスキルだと言えた。
「ぐっ……」
キョロリックは唸る。考える。頭を回す。
世界には精霊達の記憶として、過去の同じスキルを持っていた者達の足跡が刻まれている。
魔法系スキルなら魔法の雛形として、技能系スキルならその用法の実例として。
スキルレベルが規定値に達すれば、そのレベルで出来ることが何となくわかる。それは、過去のスキル保有者がそのスキルをどう使ったか、その記憶を精霊が伝えているのだという。
【劣化コピー】スキルを高レベルに高めたのは、スキル創成以来、キョロリックが初となる。先駆者はいない。
だから、このスキルの使い方は、キョロリックが自ら編み出す必要がある。
「…ぐぐ……ぐぐぐぐぐ………」
歯噛みする。想像する。創造する。
「……ああ、そうか」
そして、思い至る。
キョロリックはスキルを行使した。
それはエリーの【火魔法】のコピーではない。
「……………へぇ?」
膨れるように、弾けるように、キョロリックの両手から何かが溢れ出す。
人。それは人だ。
キョロリックに似た――ほんの少しだけ背が低く、目が小さく、肌艶が悪く、服が安っぽい、少しだけ魔力の少ない、人。
それは確かに【劣化コピー】だった。
他人のスキルを
1人や2人ではない。
10、20を超える劣化キョロリックが室内を埋め尽くしてゆく。
「あっはぁ……!」
エリーは、思わず笑ってしまった。
「あはは……ふふっ……≪ファイアビット≫!」
魔法の発動に従い、8つの火の玉が宙に現れた。
エリーが腕を振るうと、それらは渦を巻くように部屋を飛び回り、劣化キョロリックの頭を丁寧に1つずつ破壊する。
頭部を失った人形は空気が抜けた袋のように
既に部屋の中にキョロリック本人の姿は残っていなかった。
それも悪くない。
馬鹿みたいに自分の
「そうです! それを見たかった!」
無人の部屋で叫ぶ。高らかに。
「それに、これは……どうなってるんだろう?
本体の量には劣るけど、コピーにも魔力が残ってた。
魔力の総量が増えてる? そんなこと在り得るの?」
全く理屈がわからない。
全く想像もできない。
こんなに幸せなことはない、とエリーは嬉しくなった。
「気に入りました! その技に免じて、見逃してあげ……たい、ところですがぁ」
エリーは気分が良かった。
これが単なる野盗なら、偶然街で出会った見知らぬテロリストなら、間違いなくそのまま見逃して、宿に戻ったら同居人のジローに面白おかしく話して聞かせていた所だ。
「でも今回は依頼として受けちゃったので、ごめんなさい」
部屋の外を見る。
廊下は劣化キョロリックで埋め尽くされている。
「安心してください、
それでも相手を「殺さない」と決める程度には、興奮していた。
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