3-7. 蹂躙するエリー

 復讐ざまぁ屡々しばしば「権力」や「財力」、「名声」をもって遂げられるのは、ひとえにそれがだからだ。


 刺違えてようやく刃が届くのならいざ知らず、復讐は必ずしも終着点ではない。


 復讐の後にも人生は続く。

 人は人の世界で生きる。

 その為には、法を守る必要がある。


 権力を奪われたから、より大きな権力を?

 財力で殴られたから、より大きな財力を?

 名声を汚されたから、より大きな名声を?


 違う。単に彼らは、法を――あるいは物語ならば、有害図書として絶版に処されることを――恐れているに過ぎない。


 「相手の価値観において上回る」なんて、建前だ。

 何故なら、全ての生命にとって共通の価値観とはなのだから。


 暴力によって死を与える、それこそが不偏にして絶対の勝利。


 ただ問題なのは、復讐者が法を守る必要があること。

 法を守る故に、安易にその手段を取れないということ。


 つまり、法を守る必要すらないほどの力があれば?


 結局、相手の首こそが勝利の金杯となる。



「……そう教えてくれたのは、誰だったか」


 とても大切な人だった気がするのだが。



 男は熱に乾きゆく血溜まりの中、己より大きな暴力を前にして、場違いな思考に耽っていた。




 ***




「ほっほっほ、エルフとは言え所詮まだ小娘じゃロリ。年の功というものを見せてやるのじゃロリ」


 指定暴力団『七色のはね』に所属するマリーダは、300年の時を生きる吸血鬼だった。

 ヒュームとして生まれた彼女は、幼い頃に伝染性の吸血鬼に襲われ、自らも吸血鬼と化したのだ。

 そして魔物としての種族スキル【操血術】の影響で、不老不死となった。


「お主が吸血鬼と戦ったことはなくとも、わらわはエルフなんぞ何匹も狩ってきたのじゃロリ」


 幼い彼女を化け物と罵り、身一つで魔物の領域に叩き出した家族。

 どうにか生き残った自分に討伐隊を差し向けて来た領主、そして国。

 全てを傀儡とし、殺し合わせ、滅ぼした。


 それから数百年。変わり映えのしない生に飽いていた折、彼女は『七色のはね』のリーダー・キョロリックと出会い、その仲間となった。


「ほっほ、まずは好きなだけ攻撃してみるが良いのじゃロリ。

 己の限界を知り、絶望するまで待ってやるのじゃロリ!」


 長き時と数多の戦いを通して鍛え上げた戦闘勘と、応用性の高いスキルから繰り出される多彩な技。

 そして何より、灰の一粒からでも再生する生命力。


「≪紅蓮地獄≫」


 そういう者を倒す際に便利なのが、この魔法だ。


 音も光も通さぬ粘性の炎で相手を包み、その身を万遍なく焼き尽くし、灰の一粒までを完全に炎に溶かしきってから、残りの炎ごと、単なる魔力へと分解する。相手は死ぬ。


「……は? お、おいマリーダ! 遊んでないで、早く再生しろ!」

「しませんよ」



 最初、エリーは彼らに投降を呼び掛けたのだ。

 しかし、何と言っても相手は指定暴力団である。


 まず種族的に短気な肉食系獣人2人とハーフリング1人、計3人の女性が問答無用で襲い掛かってきた。

 それを返り討ちにし、それでも自信満々で立ちはだかってきた先程のマリーダを焼き溶かした。


 残りはリーダーのキョロリックと、先日森で会ったイザベラ、キャシー、メリーの3人。確かそんな風に呼ばれていた。


「あのマリーダが? アタシ達の中で、キョロリックの次に強いアイツが……」

「メェ! このエルフ、確か前に森で会った人ですメェ!」

「はっ、キョロリック様に無礼な態度を取ったエルフですわね!」


 キャシーとメリーはどちらがそうなのかエリーは知らないが、語尾が「ですわ」なのがイザベラだったはずだ。

 4人はエリーを警戒しているが、今すぐ攻撃を仕掛けてくるつもりは無いらしい。


「くそっ、ど、どうして俺達がこんな目に……」

「どうしてって、随分無茶をしたそうじゃないですか。都市内での破壊活動、無辜の民への傷害、ギルド内での問題行動に、誘拐とか」

「だからって、殺されるまでのことはしてねーだろッ!」


 淡々と告げるエリーに、キョロリックは思わず叫び返した。


 実の所、破壊活動と言っても被害の規模は比較的小さく、傷害と言っても死者は出ず、問題行動を起こす配達者はそう珍しくもない。

 殺害までもが認められた所以ゆえんは、貴族の娘を誘拐したかどとなっている。

 この誘拐被害者とされているのは、自主的にキョロリックに帯同した彼の仲間のイザベラであるため、それについても冤罪と言ってよい。


 しかし、エリーはそんな話の流れを知らない。依頼を出した貴族も、イザベラが犯罪者集団の仲間になっていることを知らない。

 勿論、キョロリック一味いちみも、イザベラの実家の要請で自分達の罪が重くなったことは知らない。


「お、俺は……俺はただ、あいつらを見返したかっただけなのに!」

「メヘェ、ご主人様~……」

「キョロリックは、仲間に裏切られて傷付いてたのよ。ちょっと復讐したくらいで、何が悪いってのよ!」


 どうしてこいつらは復讐ざまぁを単純暴力で片付けようとするのかな、とエリーは屡々しばしば疑問に思っていた。


「何も相手を殺さなくとも、相手以上に幸せになることが復讐だとか、そんな平和的なアイデアは無いんですか?」


 田舎のエルフの里で育たエリーだが、ヒュームの文化を理解する、努力はしている。


「何でもかんでも暴力で解決するのは、どうかと思いますけど」


 エリー自身、力に溺れている自覚はなくもないが。

 それでも先の言葉はエリーの本心だ。


 しかし残念ながら状況も状況。

 その本心は、他人からすればとても薄っぺらな言葉に聞こえた。


「このっ、化け物メェ! お前が言うなッメェ!!」


 羊獣人の女が激昂する。

 殺される前に殺す、とまでは言わない。

 せめて一矢報いる。あわよくば主人が逃げる隙を作る。

 明日をも知れぬ奴隷の身から救われた大恩を返すべく、彼女は身の丈ほどの斧を担いで、正面からエリーに飛び掛かった。


「≪クレイフレイム≫」


 対するエリーは、掌内に生んだ炎で斧を象ってみせる。


「メッ……馬鹿に、するなメェッ!!」


 天井を抉りながら振り下ろされた鋼の斧を、炎の斧で掬うように打ち上げる。

 弾かれた勢いを回転で受け流して薙ぎ払う獣人。1歩退きながら受けるエリー。


「メェェェェェェッ!!」


 重さを感じさせないほど軽々と鋼の斧が振るわれる。嵐のような連撃を、エリーは炎の斧の側面でどうにか防いでいた。

 その視界が自らの炎で閉ざされた刹那、獣人は斧の柄を返し。

 在り得ない軌道――炎の斧の下から、振り上げる。


「取ったメェ! ……メヘェ!?」


 慮外の方向から現れた鋼の刃は、ぐにゃりと伸びた炎の刃に受け止められた。

 炎はそのまま鋼の斧を伝い持ち主を襲おうとするが、獣人は咄嗟に斧を離して回避した。


「メェメェ! そんなの斧の動きじゃないメェ! 卑怯者メェ!」

「だってこれ斧じゃなくて、火ですし」


 背後から衝突音と、何かが折れる音。絶叫。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!? い゛だっ、あ゛づっ、あ゛づい゛ぃぃぃ!!」

「それに、会話中に背後から不意打ちする人達よりマシだと思いますけど」


 エリーに見えない角度から、1歩で最高速度まで加速して斬りかかってきたヒュームが、不可視の熱壁に遮られ、体内を沸騰させて、自滅した。


「キャシー! 今助けますわ!」

「あ゛あ゛ぁ……ぁ………」


 倒れたヒュームにイザベラが駆け寄る。


「≪ラージヒール≫! ううっ……こんな所で死んだら許しませんわ! 貴女は私のライバルで、だ、大事な、お友達ですのよ!」


 今、エリーが背後に張っていた≪ヒートヘイズ≫にぶつかって死んだ方がキャシーらしい。

 となると消去法で、羊獣人の方がメリーか。


「どうして、どうして意識が戻りませんの!」

「だって死んでますし」


 内臓が茹で上がったのだ。恐らく脳も。

 イザベラのスキルは【治癒魔法】のようだが、死者の蘇生にはレベルが足りないのだろう。


 エリーは他人事のように答えながら、メリーが手放した鋼の斧をドロドロに融かしておいた。


「化け、物……」


 メリーに支えられて立つイザベラの目。

 それをエリーは無表情で見つめ返した。



 キョロリックは、自分以外で7人のメンバーとのハーレムパーティを組んでいる。ヒューム3人、獣人が3人、ハーフリングが1人。それなりに多様な種族の、女性ばかりを集めている。

 元のパーティが女性3人男性1人のハーレムパーティだったようなので、何かしら対抗心があったのだろうか。

 なるほど、そう考えれば、これも無血の復讐ざまぁのつもりだったのかもしれない。

 元のパーティ『白き花弁』の面々は、特に何とも思っていなかったようだが。


 考えてみれば、追い出された配達者パーティより早く上位の白金級に至ってみせたのも、名声を得るという復讐ざまぁだったのかもしれない。


 それでもキョロリック本人が満足に「ざまぁ」を達成できていないと感じたから、直接的な暴力で己を示そうとしたのだろうか。

 エリーはそんな風に想像もする。



「……そう……てくれたのは………ったか」



 ぼそりと、キョロリックが呟いた。


「はい?」


 エリーは真顔のまま、首を傾げて問い返す。



「逃げろ」



 キョロリックはそれには答えず。



「メリー! イザベラ! 今すぐここから逃げろ、命令だッ!!」



 残された仲間達に、有無を言わさぬ勢いでそう告げた。


 エリーは頭の中で依頼内容を呼び起こし――まあ多少の残党が出ても問題なかろうと、それを

 何せ彼女は、平和を愛する平凡な一般エルフなのだ。

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