2-8. 人捜しを頼まれるエリー

「おめでとうございます、エリーさん。ランクアップですよ」

「えっ、思ったより早いですね」

「開拓村への荷物配達、盗賊団3つ分の官憲への配達。見習いの青錫級を卒業するには、十分な成果です」


 諸々の配達業務の結果をリエット市の配達者ギルドに報告したエリーは、晴れてランクアップを果たし、黒鉄級の配達者となった。


「D級依頼からは、生物の配達業務が含まれます。

 具体的には、動物や魔物の捕獲・討伐、植物の採集、人類の護衛や人捜し等ですね。

 勿論、E級にもあった荷物配達もありますが、こちらは距離が伸びたり、物が大きく重くなったりするとお考えください」


 なお、盗賊の配達(生死問わず)は、特例として青錫級での受注も可能となっている。

 こちらは常設依頼の依頼書明記されているし、今回のエリーもそうだったが、討伐後の事後報告で問題ない。

 盗賊は見つけ次第の殲滅が推奨されているし、青錫級だから戦わないという選択肢もないためだ。



「おめでとうございます、顔のいい……エリーさん!」


 すぐ後ろで報告の完了を待っていた少年が、笑顔でエリーを祝福する。

 先程互いに遅ればせながらの自己紹介を交わしたが、それまでエリーを「顔のいいお姉さん」と呼んでいた彼は、まだ前の呼び名が抜けきらないらしい。


「ありがとう、ジロー」


 エルフにしては記憶力の良いエリーは、危なげなく少年の名を呼ぶ。

 実家の近所で飼われていた犬と同じ名前で覚えやすい、というのもある。


 いつまでもカウンターの前で立ち止まるわけにもいかないので、2人はギルド内の食堂に移動した。




 街に着いた時は真っ青な顔をしていたジローだが、既に【火魔法】≪デフラグレーション≫の高速飛行で弱った心身も復調し、食欲も旺盛。子どもの回復は早い。


「ところでエリーさん、さっきギルドの人と話してたの聞いたんですけど」


 エリーの奢りで定食を食べ終えたジローは、突然そんな風に切り出す。


「うん、何?」


 エリーは相槌を打ちながら、そういえばこの子はいつまで付いてくる気なんだろう、と考えていた。


 開拓村で拾った、行き倒れの子ども。

 村に置いておくことは(法的に)できないので、地元だというリエット市まで連れてきたが、これ以上面倒を見る謂れはない。

 昼食を奢る理由もない。むしろ、お礼に奢ってもらう方が妥当な気もする。


 無表情にそんなことを考えていたエリーを見て、ジローは、顔がいいな、と考えていた。


黒鉄級からは、人捜しの依頼が受けられるんですよね」

「ああ、うん。そうだね。今の所、特に受ける気はないけど」


 【火魔法】は、魔物討伐等には便利だが、人捜しに向いたスキルでもない。

 無理やり火に結び付ければ何でもできるが、やりたいことと「火」との関連が薄いほど、激しく魔力を消費する。


 【火魔法】で火を起こすのは簡単だ。

 地獄の業火を再現するのも難しくない。威力を出すのに魔力消費は増えるが、それも法外な量でもない。


 しかし、【火魔法】で氷を造るのは、厄介だ。

 「冷たい火」なんてのを出そうとすれば、莫大な魔力が浪費される。

 「熱エネルギーを1箇所に集中させ、周囲の温度を下げる」といった回り道をすれば魔力消費は減るが、それでも火を出すのとは比べ物にならない消費量だ。


 火を使った移動にも様々ある。

 足の裏から火を噴出して飛ぶのは可能だが、風や寒さからの保護、姿勢の調整、そして単純に高出力が必要なので、これもそれなりに疲れる。

 最近では火でお湯を沸かしてピストンを動かし、車輪を回転させる迂遠うえんな技術もあるらしい。

 小屋ほどもある大きな袋の中の空気を温め空を飛ぶ、という眉唾物の噂も聞いたことがある。


 しかし、火でできた獣に乗って走る、というのは――レベル999のエリーならば不可能ではないが――めちゃくちゃ疲れる。


 以前に飲食可能な火を作ったり、火にメイドの真似事をさせたこともあった。が、実際試してみれば、2度はする気にならなかった。

 あまりに非効率的だったからだ。


 振り返って、人捜しの場合。

 探し物の方向を示す炎の矢――といったものを作ることは可能だし、それを使えばすぐにこの依頼は解決する。魔力を大量に込めれば出力も上がり、遠く離れた尋ね人でも見つけるはずだ。

 ただ、エリーはその後、少なくとも数時間は寝込むことになるし、数日ほどは怠さが抜けなくなるだろう。


 火を用いた占いもあるが、精度を上げるには、やはり大量の魔力が必要になる。

 必要があれば使うが、日常の生活費稼ぎでわざわざ使うのは、馬鹿げている。


 ということを、エリーはジローに説明した。


「だから、やんないよ」


 ジローと出会った時、彼はリエット市から遠く離れた開拓村で、彷徨っていた。

 つまり、誰か人を探していたのだろう。


「……あっ、顔が良すぎて後半聞いてませんでした。

 でも大丈夫です、最後まで聞いてくださいよ、エリーさん」


 大分身勝手な物言いだな、とエリーは思ったものの。

 まあ、子どもの言うことだ。


「聞くだけ聞いてあげる」

「ありがとうございます! 顔がいいし心も広い!」



 ジロー曰く。


 探しているのは貴族の御令嬢。

 このリエット市を領都とする侯爵家の娘なのだという。


 エルフ領では領内に都市国家(という名の小さな里)が点々としており、その間の森や草原は、特に誰が管理しているというものではない。

 対して、ヒューム領は幾つかの大きな国に区切られており、その国を大貴族の領主が分割して治めている。


 リエット侯爵家はこの国では歴史も力もある大貴族で、ヒューム領全体の北端にあるこの一帯を領地としていた。


 その侯爵の娘、シャルロットが馬車で移動中に、馬車ごと姿を消したらしい。

 いつまで経っても馬車が着かないと、送り出した先から連絡があり、失踪の事実が判明した。


 ジローはリエット家で働く従者で、その失踪した娘の捜索を命じられた。


「そのシャルロットお嬢様? どんな人なの?」

「結構顔がいい人です。

 エリーさんと比べれば、足元にも及びませんけど」


 ヒューム的な美醜の感覚はエルフには判らないので、結局エリーにとっては何の情報も増えなかった。


「ジローは、あの開拓村まで徒歩で移動したんでしょ。探し始めて何日も経ってるし、見つかるわけないと思うけど」

「あ、見つからなくていいんですよ」

「えっ、どういうこと?」

「急ぎで探せ、見つかるまで帰って来るなー、とは言われてるんですけどね。聞けば護衛も無しに送り出したそうで。たぶん盗賊か魔物に襲われて、とっくに死んでると思います」

「……その、死んだ女の子を探すの? 骨でも拾って、お墓を作りたいって話?」


 聞けば聞くほど疑問が増える。

 ジローは気軽な調子でエリーに答えた。


「いえいえ、見つからなくてもいいんです。絶対見つからないですし。

 ただ、物がまで、僕はお屋敷に帰れないので、外で生活費を稼ぐ仕事をしなきゃなんですけど……」

「けど?」

「お嬢様の捜索に掛かった費用は、領収書を送れば経費で落とせるんです! 口座の方に振り込まれるから、屋敷に帰る必要はないですし!」

「……だから?」


 エリーの問いに、ジローは爽やかな笑顔を浮かべた。


「エリーさんに指名依頼を出して、僕の分の食費や宿泊費も一緒に払えるだけの報酬を出してもらいます! 経費で!

 依頼主の僕が適当に経過報告を送りますんで、エリーさんは何もしなくても契約更新ごとに依頼料を受け取れてハッピー!

 僕はエリーさんに食費と宿泊費を出して貰えてハッピー!

 更に、侯爵家のお金で顔のいい人と一緒に過ごせて大ハッピー!

 どうです、完璧な計画じゃないですか?」


 自信満々のジロー。

 そんなに上手くいくものだろうか、とエリーは内心疑問に思った。


 ただ、聞く限りでは、エリーにとっての不都合はなさそうだ。

 ジローがずっとついて来るのは、やかましいといえば喧しいが、不愉快という程でもない。

 面倒になれば契約を切ればいいだろう。


「うん、わかった。契約期間はどうする?」

「やったぁ! 1ヶ月単位で自動更新にしましょう!

 僕も1ヶ月に1度くらいは報告書上げなきゃですし!」


 こうして、配達者と雇用主の2者間にて、グレーな契約への同意が形成された。

 念のため、法的な問題がないかをギルド員に確認した所、


「大丈夫ですよ。贔屓の配達者へ貢ぐのに、似たような契約を結んでいる富豪は結構いますし。ギルドにも定期的な手数料が入るので、密告する利益もないですし」


 という身も蓋もない回答があったため、法律面の問題もクリアされた。



 契約を終え、再度食堂に戻って一息。


「ところでジロー。これ、万一そのお嬢様が生きてて、私達が見つけちゃったらどうなるの? 契約は打ち切りとして、お嬢様は屋敷に連れて帰ればいいの?」


 エリーは、少し気になっていたことをジローに尋ねた。


「言ってませんでしたっけ。シャルロットお嬢様は、貴族籍を剥奪されて、追放されて修道院に送られる途中で姿を消したんです」

「それなら、修道院に送ればいいのかな」

「いえ、修道院送りになった元娘が逃げたなら、それはリエット家の恥なので。見つけて無かったことにしろころせ、とのお達しでした」


 それを聞いて、不毛な仕事だな、とエリーは思った。


 不要だと追い出した者を、わざわざ探してまで殺すのか。

 まあ、もう死んでるなら別にいいんだけど。

 死んでて良かった。


 そう思った。

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