2-7. 掌を返すシャルロット

※注意※

人類が人類の靴を舐める描写があります。

苦手な人は薄目で読むか、最後の3行まで飛ばして雰囲気で展開を察してください。

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「おう! おっ、こいつ相当な上玉ですぜ! お貴族様みてえだ!」

「は、離しなさい! 私を誰だと思っているのですか!!」

「知らねえよ。あのオッサンには偽令嬢って呼ばれてたか?」


 頭に被ったウィンプルごと髪を掴まれ引き摺り出されたシャルロットは、乱暴に地面へ転がされ、起き上る間もなく野盗達に囲まれてしまった。


 シャルロットは此処に至って、改めて自分の危機を認識した。


「ひぇぇぇぇ、どどど、どうか命ばかりはお助けをぉ……」

「ヒャヒャヒャ! 安心しな、尼サンよ!

 殺しはしねぇよ……殺しはなぁ!」

「なぁんだ、殺されませんのね。

 安心したら喉が渇きましたわ、お茶を淹れなさい」


 殺されないとわかると、シャルロットの緊張が解ける。


「お、おう……いやでも、犯して売り飛ばすぞ?」

「ひぇぇぇぇぇ! どどど、どうか見逃してくださいましぃ!! へへへ、く、靴をお嘗めいたしますわぁ……!」


 別に危機を脱してはいないと知ると、途端に卑屈になった。


「ぺろぺろぺろ」

「なんだこいつ……」

「変なの拾っちまったなぁ……」


 野盗達は汚れた靴を舐める尼僧姿の女を見下ろしてから、どうしたものかと顔を見合わせた。


 靴を舐めるシャルロットは、自分の中に小さな違和感を覚えていた。

 仮にも自分は侯爵令嬢として育った身。それが命惜しさに野盗の靴を舐めるなど、よくも躊躇なくできるものだ、と。


 実の所、これはシャルロットが無意識に使用した【掌返し】スキルの動作補助によるものだった。

 状況の変化による態度の急変。

 強気になった後は卑屈になる。


 そして、また状況が変われば、くるりと強気になる。




 ***




 困惑する野盗達を2周し、それぞれの靴の味の違いや、隠された旨味を、シャルロットが感じられるようになった頃。



「ぺろぺろ……靴って、意外と美味しいんですのね」

「ククク……余の通り道で、何やら面白いことをしているようだな」


 新たな人物の登場により、状況が変わった。


「ヒャッ!? 何だてめぇ!」

「邪魔するつもりかぁ!? 靴はこいつが勝手に舐め始めたんだぞ!」

「てめぇこの野郎……おい、大丈夫か? 異常に顔色が悪いし、頭に何か刺さってんぞ?」


 闖入者に対し色めき立った野盗達。

 しかし、相手の姿を確認すると、むしろ相手の体調が心配になってきた。


 土気色の肌に、捻じくれた金属質の角。

 目の周りには濃い隈があり、杖をついて歩いている。

 どう見ても健康そうには見えない、と野盗達は思った。


 殺人に躊躇はないが、病人に同情する。

 一見矛盾するようだが、野盗に一貫した主義主張など求めてはならないのだ。


「ククク……フフフフ……ご心配いたみ入る。

 余は健康よ。これまでに無いほどにな」


 闖入者の男はそう言って、力瘤を作って見せた。

 確かに本人の言う通り、男は長躯にして筋骨隆々。

 野盗達には感じ取れないが、体から溢れる魔力も、暴風のように渦巻いている。


「お、おう……だったら遠慮はいらねぇぜ!」

「上等な服に、宝石付きの杖! ヒャッヒャー、殺して奪い取れ!」

「ヒャヒャーヒャヒャーヒャヒャッヒャッヒャー!!」


 相手が健康体だとわかった途端、野盗達は態度を一変し、先手必勝とばかりに襲い掛かった。


「ククク……その程度の力で余を弑すると?」


 3方から武器を持って迫る野盗を、男は杖1本で軽く捌いてみせる。


 野盗が離れた所で数歩下がって見ていたシャルロットは、思った。


「どなたか存じませんが、危ない所をありがとうございます!

 オーホホホ、薄汚い盗賊ども! 正義の鉄槌を受けるのですわ!」


 これは行ける、と。


「ヒャッ!? あの女、急に態度がでかくなりやがった……!」

「だがどうする、こいつ強いぞ!」

「ヒャヒャヒャ、こうなったら奥の手だ!」

「ククク……ほう?」


 3方に跳び離れる野盗達。

 同時に懐に手を入れ、それぞれ掌サイズの丸い物を取り出した。


「ヒャッヒャー! こいつは俺の【錬金術】スキルで作った爆裂玉よ! 原価が高ぇから滅多に使えるもんじゃねぇが、熊だって一撃の代物だ!」

「ヒャッヒャー! 持つべきものは当たりスキルの仲間だぜぇ!」

「ヒャヒャッヒャー!」


 危険物を構える盗賊達。

 面白そうにそれを眺める男。


「なななっ、スキルを使うなんて卑怯ですわよ! スキルなんて人の価値には関係ありませんわ! そう、スキルに頼らず、スキルを使わないことでこそ、人類はより豊かな人生を歩めるのですわ! 正々堂々実力で勝負なさいまし!!」


 外野から文句をつけるシャルロット、だがその言葉を聞く者は誰もいない。


「ヒャヒャヒャ、爆裂玉を食らえっ!!」


 3方向から飛来する手投げ弾は、狙い過たず男に直撃し。


 どどどぉん、と、派手な炎、爆音、煙を撒き散らした。

 炎は近くに停まっていたリエット家の幌馬車に引火し、空っぽの馬車を炎上させる。


「ヒャッヒャーッ! これが当たりスキルの力だぁ!」


 燃え盛る火が、盗賊の顔を怪しく照らす。


 小さな手投げ弾が、たったの3つ。

 それはもたらした爆炎は、シャルロットが以前、侯爵家の魔法兵達の演習で見た【火魔法】と同じくらいの威力に見えた。


「ひぇぇぇ、あ、あれじゃ一溜りもありませんわ……!」


 助かったと思った直後に、その希望が潰える。

 シャルロットは地面に崩れ落ち……そして。


「オ、オーホホホ! 偉大なる盗賊様達に逆らうからこうなるのですわ!」


 立ち上がって、生き残る術を模索した。

 流石に盗賊達も慣れて来たので、これについてはスルーした。


「ヒャッヒャー! 高そうな服は燃えちまったが、高そうな杖は残ってるだろ! あれを売ればそれなりの金になるはずだぁ!」

「ヒャッヒャー! 【錬金術】最強! 当たりスキル最高!」

「ヒャッヒャッヒャ!」


 【錬金術】は幅広く有用で、個人に属する一般的なスキルと異なり、生成物を他人が使うこともできる、紛うことなき当たりスキルだ。

 完全に使いこなすには費用がかかるため、貴族や大商家に生まれるか、難関試験を通って奨学金で高等学院に通い、貴族や大商家、研究機関等に雇われる必要がある。

 また、貧困家庭に生まれ、学業を修める環境も才能もなく、野盗になるしかなかったとしても、市販の素材でそれなりの道具を作ることができる。


 とはいえ、それでも。


「ククク……御大層なことを吠えていた割に、所詮こんなものか……」


 それなり程度の火力では、どうにもならない相手もいるのだ。


「……信じてましたわ、角のお方!

 さあ、その無敵のお力で、邪悪な盗賊どもを蹂躙してくださいまし!!」


 シャルロットは元気良く諸手を掲げた。


「ヒャッ、いい加減うるせぇぞ糞尼!」

「ヒャぁぁ……しかし、あれを食らって無傷とは」

「ヒャヒャヒャ? 服にも焦げ跡1つ付いてねぇ……!」


 混乱する盗賊。狂喜するシャルロット。


 煙の中から無傷で現れた男が、片手を大きく振る。

 強風が巻き起こり、残っていた煙も完全に霧散。

 燃えていた馬車の火も消し飛んだ。


「ヒャッ!?」

「ひぇ!?」


 唐突な出来事に、盗賊達とシャルロットの動きが止まった。


「ククク……フフフフ……当たりスキル、と言ったか。

 確かに【錬金術】は当たりスキルだろうな」


 男の瞳にくらい輝きが灯る。



「ククク……しかし、当たりスキルが並のスキルより強いと……。


 当たりスキルが外れスキルより強いと……。



 誰が決めた?」




 ぞわり、と。


 冷たい怖気が四方へ走る。


「くっ……」

「ヒャッ……!?」


 シャルロットと盗賊達は、心臓が凍り付いたような錯覚を覚えた。


 威圧感、殺気。


 否。


 そこまでにも至らない、単なる濃密な気配、それだけで。



「ククク……フフフフ……ハーッハッハッハ!

 余こそが、最強! 最強のスキルを、最強にまで鍛えた!

 忌むべき外れスキルと追放された余が、この余で最強なのだァ!!


 【錬金術】ごときが、当たりスキルごときが、最強を名乗るなッ!!」



 真なる殺気とは、こういうものだ。


 男がそう示した時、その殺気を受けた盗賊達は、既に心臓の鼓動を止めていた。

 殺気に当てられてショック死したのだ。



 盗賊達は何の抵抗もなく地面に倒れ、男とシャルロットだけが場に残る。


 それを見ていたシャルロットは。



「さ、流石は角のお方! その角もご立派ですわ!

 あ、まずはさっきのゴミみたいな煙で汚れた靴をお舐めしますわね。ぺろぺろ」


 躊躇なく駆け寄り、跪いて男の靴を舐めた。


「ク……」


 さしもの男も、その様には困惑を隠せなかった。

 しかしそれでも、深呼吸してどうにか気を持ち直す。


「すーっ……ク、ククク……!

 貴様、余りに情緒不安定だが……それはスキルの影響か?」

「ぺろぺろ……え、どうなんでしょう? そんなことありますの?」


 実際の所、シャルロットの性格はスキル授与の前からの、生来のものである。実父であるリエット侯爵や、シャルロットの兄弟も、今まで表に出す機会がないだけで似たような物だった。

 ただ、授与されるスキルは血筋や性格に影響をとは言われているため、逆はあるのかも知れないが。



「ククク……その異常性……恐らく、貴様もスキルだな?」

「……ッ!」



 無遠慮な指摘。

 を受けたシャルロットの動きが、屈辱に固まる。



「だったら、何だって言いますの……貴方も、わたくしが外れスキルだからって、馬鹿にしますのね……!」


 灼熱の怒りが、胸の奥に沸き立った。


 プライドを捨て切ったように見えて、そうではない。


 シャルロットとて侯爵家の生まれ。その誇りは気高く、強い。


 高貴な生まれが育んだ鋭敏な味覚。


 シャルロットは単に、靴が意外と美味しかったので、舐めていたに過ぎないのだ。


 しかし、男は笑って答えた。


「ククク……フフフフ……そう怒るな。逆だ。

 余は、その外れスキルを、強く鍛えることのできる者を知っている。

 貴様が望むのならば、その者を紹介してやろうと言うのだ」

「そういうことでしたのね! なんて慈悲深きお方!

 善は急げですわ、早速紹介してくださいまし!」


 シャルロットは、満面の笑みで飛び跳ねた。


「ク、ククク……ならば付いて来るが良い」

「オーホホホ! 私を追放した者達を見返してやるのですわ!!」



 そうして、2人は死体と燃え滓を置き去りに、男の示す方向へ進んでいく。

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