2-9. 依頼を完遂するエリー
さて、御存知の方は御存知だろうが――死んだと思われたリエット侯爵家の元令嬢、シャルロットは生きている。
盗賊に襲われた後、通りすがりの男に助けられ、そのまま何処かへと立ち去ったのだ。
外れスキルを理由に婚約を破棄され、家を追い出され、理不尽な扱いを受けた末、盗賊に殺されかけたシャルロット。
その【掌返し】のシャルロットが、スキルレベルを999まで上昇させた時。
最初に考えるのは何だろうか?
***
どがががが、と岩の降るような音がして、大地が震えた。
「じ、地面が揺れてる! 大きな魔物でも近付いてるの?」
「? あ、エルフ領にはなかったんですね。
これは地震といって、地面が揺れる自然現象ですよ。
この辺ではよくあることですし、建物も耐震性を考慮して建ててるので大丈夫です」
初めての体験に慌てるエリーを、ジローは何でもないような顔で宥めた。
「今回はそこそこ大きいし、結構長いですね……。
揺れが収まったら、念のため広い場所に出ましょう」
その辺の開拓村で温泉が掘れる程度の火山地帯で生まれ育ったジローは、地震に対する恐怖心が薄い。
日常風景とまでは言わないが、風物詩程度の感覚だ。
もう少し上の世代なら、生半な耐震構造など物ともしない大震災を経験しているのだが、彼の世代ではそれもない。
あまりにのんびりとした対応に、そういうものか、とエリーも納得し、多少なりと落ち着いた調子を取り戻した。
よく考えれば、建物が崩れても灰も残さず焼けばいいだけだし、地面が割れても飛べばいい。
火山が噴火し溶岩に飲まれても、エリーの熱耐性なら無傷で済むだろう。
地震が一度収まったのを見計らい、ギルド職員から本日の業務終了と、強制退出の指示が出る。
配達者やギルド職員達は、ぞろぞろと列をなして、配達者ギルドの建物から外へ出ていった。
「ここから近い避難所は、街の中央広場ですね。ご案内しますね!」
「中央広場はわかるよ。私だって一応ここが拠点なんだし」
エリーとジローがぶらぶらと歩いていると、広場へ近付くにつれ、周囲のざわめきが大きくなっていく。
大きな地震の後だ、多少の騒ぎになるのは仕方ない。
しかし、どうも様子がおかしい。
怯えているというよりは、戸惑っているような空気。
地元民のジローが、居合わせた知人に声をかける。
「お疲れさまです。何かあったんですか?」
「おお、侯爵様んとこの。ちょうど良い所に来た!」
「はい? ちょうど良い所、ですか?」
そこへ、どごごごご、と再度の轟音、激しい揺れ。
崩れる建物。立ち込める土煙。
続けて響く、甲高い音。
「オーホホホ! オーホホホホ!」
鳥か、警報機か。
いや、女性の高笑いだ。
エリーが背伸びをして声の方を覗いていると、ジローは神妙な顔で呟いた。
「あれはまさか……シャルロットお嬢様の声では?」
「えぇ……?」
「おう、そうなんだよ。シャルロットお嬢様、今は元お嬢様か?
その元お嬢様が、建物を素手で殴って大穴を開け、完全武装の衛兵を素手で挽肉に変えてらっしゃるんだ」
「はぁ……?」
ヒュームの常識はエルフには解らない。
「ええ? どうしてお嬢様が、そんな化け物みたいになってるんです?」
「あんたにも判らねぇのか。それが俺にもサッパリ」
ヒューム達にも判っていなかったようで、エリーは少し安心した。
気付けば人だかりは既に散り、破壊音の方向から逃げて来た人々が、エリー達とすれ違うように逃げていく。
「おっと、こんなことしてる場合じゃねえ!
ここにいたらお嬢様の破壊衝動に飲み込まれるぜ!
あんたらも早く逃げな!」
ここに留まっていても仕方ない。
変なことに巻き込まれる前に、急いで移動しなければ。
「ジロー、私達も逃げよう」
「…………あ、すみません、顔が良すぎて意識が飛んでました!」
「なんで君このタイミングで意識飛ばせるの?」
「エリーさんの顔がいいからですけど」
その数秒が、致命的なタイムロスになった。
破砕音、倒壊音、地鳴りと悲鳴が近付いて来る。
「オーホホホ! オーホホホホホ!」
高笑いの声も同様に。
それらの音より少し小さく、しかし鋭く長い、金属の擦れるような音も聞こえる。
あーあ、間に合わなかったな、とエリーは嘆息した。
「オーホホホ! まだ領民が残っていたようね!」
「あ、ほら。やっぱりシャルロットお嬢様ですよ」
長期の固定収入。
行方不明の元侯爵令嬢を捜索する継続依頼が、初日で完遂されてしまったのだ。
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