1-9. 旅立つエリー(第一章完)

「被告人、一般エルフ、エリー。貴様をエルフ領からの追放処分とする」

「えぇー……」


 灰となった王宮跡地の前で、簡易の裁判が開かれた。

 そこでエリーは、森と王宮を燃やした罪で追放処分を言い渡された。

 この第427エルフ王国のみならず、大陸中のエルフの里からの追放だ。


 確かに、里の中での大規模な【火魔法】使用は違法行為なので、妥当といえば妥当な話だ。


 しかし実際には、エリーの力が里の生残りハイエルフに危険視されたことが、この処分の理由だった。

 裁判官を務めるハイエルフも、ポーカーフェイスを保っているが、膝から下はガクガク震え通しだ。


 ここでエリーが不服を唱えて魔法を使えば、自分の身など簡単に消し飛ぶことはわかっている。

 まさに風前の灯火。

 それでもなお、一生死の恐怖に怯えて暮らすよりは、運に任せて追放処分を言い渡す方がマシかな、とハイエルフ達は考え、裁判官はそのための生贄となったのだ。


「はい、わかりました……」


 しかし、エリーは基本的には遵法意識の高い小市民であったため、正統な法に基づいた判決に逆らうようなことはない。


「ほっ……で、ではこれにて閉廷! 被告人エリーは10日以内に国内から退去するように!」


 裁判官はエリーの気が変わらないうちに撤収を始め、裁判を見物していた一般エルフ達も三々五々と散っていった。




 ***



 それが9日前。

 今日はエリーが里を退去する日だ。



「エリー。やっぱりパパとママも一緒に里を出るよ」

「ママ達の仕事は、人里ならどこでもできるもの!」

「いいよ、大丈夫。私ももう大人だし、1人でもやってけるってば」


 修復された門前での見送りに、大荷物を背負ってやってきた両親を、エリーはやんわり押しとどめる。


「でもエリー、住む場所は? 仕事はどうするんだい?」

「仕事は、配達者ギルドに登録したから。住む場所は配達先に合わせて、ギルドの宿舎に泊まる予定」


 数日前にもした説明を、エリーは文句も言わず繰り返す。

 エルフは長寿ゆえに、些細な記憶をすぐに忘れる節があるので。


「ほら、これがギルドカード」


 腰に下げた小袋から真新しい金属製のカードを取り出し、自分の名前の刻まれた部分を指差した。


「あ、これ見たことあるな」

「そうそう! そういえば、そんな話してたわね」


 両親もそれを見て思い出したようだ。


 すぐに里を追放される身でも、ギルド員登録だけは里内の支所ですることができた。

 ランクは最下位の青錫級。


 配達員ギルドの仕事は、主に「荷物の配達」。

 通常なら里を出て行くついでに、支所で簡単な配達依頼を受けていくことになる。

 青錫級のギルド員はE級依頼しか受けることができないが、エルフの里に立ち寄れなくなったエリーは、E級――つまり近距離での簡単な配達依頼で、受けられるものがない。

 今回は、空荷で少し離れたヒュームの町まで行くことになる。


「それじゃ、パパ達は荷物重いからもう帰るよ」

「落ち着いたらお手紙ちょうだいね」


 エリーの両親がひとまず(何度目かの)納得をし、帰途についた所を見計らって。

 小さな人影がエリーに近寄ってきた。


 ハーフリングのイェッタだ。


「へっへっへ……相変わらずエルフの会話は面倒臭ぇわ」

「イェッタ。見送りに来てくれたんだ」

「チャンエリちゃん。あんたが居なくなると、寂しくなるよぅ」


 配達員ギルドでオフィスワークを担当するイェッタは、エリーの登録の際にも担当してくれた。

 というより、新規登録のような日常外の業務を担当できる職員が、エルフの里には滅多にいない。

 何故なら、エルフの里の職員は大半がエルフであり、エルフは種族的に物忘れが激しいためだ。


 長く共に過ごした相手だったり、強烈な出来事だったりは、100年経っても記憶に残る。

 が、たまにしかない仕事だったり、ちょっとした雑談だったりは、少し時間が空けばすぐに忘れてしまう。


 配達者ギルドの仕事は「うっかり忘れる」ことで大きな問題になる場合が多いため、排他的なエルフの里でも1人は異種族の職員を置くようになっている。

 エルフ宛の荷物なら、多少配達が遅れたところで気長なエルフは気にしない。しかし里の外、異種族への配達依頼もギルドでは扱っているのだ。


「てか、里のエルフでマトモに会話できるのが、チャンエリくらいだからなぁ……」

「こ、これから頑張ってね……」

「いや、もう私も異動願い出すわ」


 イェッタは真顔でそう答えた。


「後任決まるまでは仕方ねーけどなぁ。転勤決まったらまた会おうぜ」

「うん、楽しみにしてる」


 エリーとイェッタは笑顔で別れた。


 門番が【木魔法】で門を開き、エリーは会釈して通り抜ける。

 少し進んで振り返ると、まだ門の向こうでイェッタが見送る姿があった。


 閉じて行く門の隙間から、最後までイェッタは手を振っていた。




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これにて第一章は終了です。

以降、章単位で書けたら、1日1話ずつ投稿するようなペースになります。

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