1-7. イラッとくるエリー
新女王陛下の即位につき、
そんなお触れが出たのは、王宮が鼻毛のようにカットされた日の夕方。
王宮はもうないのに王宮前集合とはこれ如何に、などと思ったエリーだが、屁理屈でハイエルフに逆らってもロクなことはないので、素直にお触れに従った。
自由業に従事するエリーの両親は、普段なら昼過ぎまでのんびり眠っている。
その日もうっかり寝過ごしかけたが、【火魔法】はなかなか目覚めない相手を叩き起こすのにも、意外と役に立つ。
「エリー。眠っている親の鼻の穴に、火を突っ込んではいけないよ」
「あやうくトラウマが蘇りかけたわ」
憮然とした顔で語る両親だが、授かったばかりの「レベル1」の【火魔法】では、魔法耐性の高いエルフの肌も、鼻毛も焼くことはできない。ちょっと熱く感じる程度だ。
ただし、これを数分も続けたり、何度も繰り返したりすれば……レベルが上がって、大惨事になる。
「ハイエルフのお達しで、昼には王宮前集合なんだよ。遅刻して肥料刑よりはマシでしょ」
肥料刑は多くのエルフの里でポピュラーな刑罰であり、ハイエルフに反逆した一般エルフが処せられるものだ。
その示す幅は他の社会性人類の持つ罪刑法定主義下の刑罰と比べて極めて広く、軽度な場合は「堆肥を頭にかけられる」程度、重度な場合は「刻んで生ゴミ処理場に混ぜられる」程度、となる。
過去の判例(つまりエリーの両親の経験)からすれば、「招集への遅刻」はバケツで乾燥肥料をかぶってごめんなさいする程度で済むはずだ。
しかし何となく、まだ見ぬ新女王は気軽に人を刻みそうだな、とエリーは思った。
***
「愚昧なる一般エルフ共よ」
ハイエルフの女が高みから呼ばわった。
冠と
ハイエルフが一般エルフに「愚昧なる一般エルフ共」と呼び掛けるのは常のことなので、その件に関して感情を揺さぶられる一般エルフはいなかった。
朝から庶民の都合も考えずで呼び出されたことについては、良い気分はしなかったが、それだけだ。
新女王は浅い角度で斜めに両断された王宮、その切断面に立っている。
拡声器もオペラグラスも無いが、エルフは耳も目も良いので、距離についても問題はない。
王宮は朝日を浴びる側に正門を向けて建っていたので、この時間帯なら顔に陰ができることもない。
やっぱり【鼻毛カッター】の人だ、とエリーは思った。
何だか口調が変わっている気もするが。
その背後には、十字の杭に
ボロ布1枚を纏った姿で憔悴し、口元には猿轡が噛ませてあるが、この第427エルフ王国の王族だと見て取れた。
王、王妃、2人の王女。王子の姿はない――と思えば、新女王が踏みつけにしているのは、よく見ればその王子の首のようだ。
「100年前、余はこの国の者どもにより、不当に貶められた」
新女王、【鼻毛カッター】のリーシャは語る。
「本来ならば王妃となるべきであった余は、成人の儀を境に、国の底辺にまで追いやられた。
無能なハイエルフのみならず、下賤な一般エルフどもにすら見下され、打ち据えられた。
たかだが、外れスキルを得たという理由だけで、だ」
静寂の中、リーシャの声のみが響く。
「余の婚約者であったこの男も、躊躇なく余を切り捨てた」
言葉に合わせ、リーシャは王子の首を蹴り落とした。
「しかし、虐げられた余は国を追放されて以来、血の滲むような努力を重ねた。そして……力を得たのだ」
首は放物線を描いて落下。
地面に落ちて、赤い染みとなる。
リーシャはそれに一瞥もせず、王笏を振りかざす。
そして告げた。
「貴様らが外れスキルと嘲笑った【鼻毛カッター】の、真の力を見よ!」
振り向きざまに笏を振れば、並んだ王族の首が。
あっさりと、転がり落ちた。
「これが我が【鼻毛カッター】だ!
100年前に余を見下した全ての一般エルフと、その子孫ども!
貴様らは今日より余の奴隷として、死ぬまで余に尽くす栄誉を与える!
薄汚く逃げ隠れする、生き残りのハイエルフども!
貴様らは見つけ次第、鼻毛として切り刻んでくれる!
偉大なる【鼻毛カッター】の力に跪き、己が過ちを悔いるがいい!!」
そうして、新女王の演説は終わった。
その後、【木魔法】スキルを持つエルフが魔法で木の葉の刃を飛ばして新女王の暗殺を試みたが、新女王はそれを「葉投げ」と解釈し、魔法そのものも、葉を投げた者も細切れにし、その絶対暴力の証明とした。
***
新女王は退出し、場の一般エルフ達は、迫り来る恐怖と血の臭いに、絶望の表情を浮かべている。
逆らった者、逃げた者は一族郎党皆殺しとも言われている。それ以前に、一定以上の年齢の一般エルフには、ハイエルフに逆らう発想がない。それほどの力の差が両者にはあるのだ。
「どどどど、どうしよう……大変なことになったぞ……!」
「ハイエルフは根絶やし、一般エルフも奴隷にするって言ってたわ!」
「せめてエリーだけでも里から逃がせれば……」
エリーの隣で演説を聞いていた両親も、蒼白な顔で話し合っている。
「あの【鼻毛カッター】が、あんなに恐ろしいスキルだったとは……」
「外れスキルなんて、とんでもなかったわ……」
そんな2人の会話を聞いて、エリーは思わず呟いた。
「……いや、そりゃそうでしょ」
「え、エリー?」
「スキルレベル999にして、ハイエルフの魔力で使ったら、カスみたいなスキルでもそれなりの威力にはなるでしょ」
「どうしたの、エリー、そんな怖い顔して……」
怖い顔、と母に言われ、エリーは自分の眉間を触って確かめる。
なるほど、確かに、少々苛ついているらしい。
本人を前にするまでは、外れスキルで追放されるなんて、ちょっと可哀想かなと思っていた。
悪し様にいう大人に対しては、フォローだってした。
しかし、なるほど、実物を見ると腹が立つものだ。
人は、自分に迷惑がかからないから、他人事だからこそ、誰かを無責任に憐れむことができる。
フォレストタイガーに襲われたことのない者は、フォレストタイガーの仔を可愛がりすらする。
ドブラットに食料を奪われたことのない者だけが、ドブラットを慈しむ。
しかし、目の前で暴虐を為し、殺戮を重ね、自分達を奴隷にするとまで言う相手に対し、「可哀想だから仕方ないね」となるものではない。
エリーは、少し反省した。
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