1-5. スキルを授与されるエリー
エリーは両親から【鼻毛カッター】についての詳しい逸話を聞かされた。
それは、100年前に追放されたハイエルフの授かった、外れスキルの名前らしい。
正直な所、エリーは「外れスキル」という物について、些かならず甘く見ていた節がある。
外れといっても所詮、単に使い方が知られていないとか、使用状況が限られるとか、種族によっては魔力不足で発動できないとか――その程度の話だと思っていたのだ。
「指で触れた鼻毛を綺麗に切り揃えるスキル、だったかしら?」
「うん、少なくとも当時はそう言ってたね」
王族と婚約していたハイエルフが【鼻毛カッター】を授かる。
プライドの高い彼女は、きっと酷いショックだったろう。
「でも、壁とか門番の人がバラバラになってたけど……」
そう首を傾げるエリーに、父は同じ角度で首を傾げながら答えた。
「うーん……スキルレベルを上げれば威力は上がるし、多少は融通も利くそうだけど。
パパもママも、【火魔法】は全然鍛えてないから、その辺の機微が判らないんだよね」
エルフの里では火の使用に制限がかかるため、共に【火魔法】スキルを授かった両親は、普段の生活でスキルを使う機会もほとんどない。
加熱調理。暖房の薪代節約。雨続きの日の洗濯物乾燥。その程度だ。
何より、家族にも秘密にしているが、エリーの両親は各々の独身時代、伸びた鼻毛を【火魔法】で処理しようとして軽い火傷を負ったことがあり、以来スキルの活用にも積極的になれなかった。若気の至りならぬ、鼻毛の至りと言って良いだろう。
2人の名誉のために言えば、【鼻毛カッター】の伝説が生まれた第427エルフ王国において、これは意外によくある出来事だった。
数年に一度は【剣術】スキルで血塗れになる者、【解体】スキルで皮ごとゴッソリ剥いでしまった者などが診療所に担ぎ込まれる。
その診療所の中にすら、【治癒魔法】スキルの暴走で逆に鼻毛をモフモフにした過去を持つ者がいる。
そうした失敗を経て、第427エルフ王国の民はスキルの扱いを学んでいくのだ。
「何にせよ、結局はハイエルフの問題だからね。
その内、収まるところに収まるよ」
エリーの父は呑気にそう言った。
「まあ、そうね。ハイエルフ居住区で何があっても、うちには大して関係ないわ。お捻りは減っちゃうでしょうけど」
母も父に同意した。
それもそうだな、とエリーは思い、その日は何事もなく就寝した。
翌日に控えたエリーのスキル授与については両親から一言もなく、やはり忘れられていたようだが、エリーも翌朝目覚めるまでは完全に忘れ去っていた。
***
「おーぅい。おるかー?」
ガンガンと玄関の木戸を叩く音に、一家揃って目を覚ます。
「んん……この声は、坊主の爺さんか?」
「何よ、こんな朝早くから……ふわぁあ……」
エリーの両親は自由業の特権として、概ね昼までは寝て過ごす。
世間では既に昼前といって良い時間だったが、2人にとっては早朝だった。
「はいはい、今開けますよ」
そんな両親を後目に、エリーは【精霊術】スキルを持つ僧侶の老エルフを迎え入れる。
エリーも両親の影響と、また食事の回数を減らすために普段は昼まで寝床に籠る生活を送っていたが、今朝は儀式があることを思い出して、二度寝もせずに身支度を整えていたのだ。
ハイエルフの場合は王宮の前で、
だが、一般エルフの場合は自宅に僧侶や呪い師を呼び、ひっそりと行うのが慣例だ。
儀式には大がかりな準備も必要なく、スキル保有者がちょちょいと精霊を呼べば完了となる。
儀式の費用は在住する自治体によって異なるが、この里の場合は税金から費用が捻出されるため、最低限のプランなら無料で全住民に保障される。
「………あ、そうか。今日はエリーの成人の儀式か」
「………あらー! お誕生日おめでとう、エリー!」
「はいはい、ありがとうね」
ようやく娘の誕生日、それも成人を迎える重要な誕生日を思い出した両親へおざなりに礼を言うと、エリーは僧侶に「よろしくお願いします」と会釈した。
僧侶も「ほいほい」と適当な返事を投げ――前触れもなく、精霊の声が響く。
〈新たなる成人、エリーのスキルは【火魔法】です〉
タメも繰り返しもなくそう告げる精霊の声を、その場の4人が聞き遂げる。
「ほい、じゃあワシは帰るでな」
僧侶はそう言って、エリーの家を後にする。
その場には、何とも言えない妙な空気が残された。
「……家族3人、みんな【火魔法】でお揃いだね!」
父はその空気を打ち破るべく口火を切った。
「ママがお肉と草の火加減の違いを教えてあげるわね!」
母も火を吐く勢いでそう言った。
法的な問題により、エルフの里では使いどころのない【火魔法】スキル。
それを授与されたエリーは慌ててフォローしようとする両親を見ながら、自分がそれほど落ち込んでもいないことに気が付いた。
実際のところ。
スキルには遺伝が影響するという説もあるし、両親が【火魔法】スキルの保有者なのだから、エリーが同じスキルを持つこともあるとは思った。
何より、前日に【鼻毛カッター】などという外れスキルの存在を聞いていたのだ。
例えば、友人に「【火魔法】スキルをいただいたんだ」と伝えても、「ああやっぱり」「残念だったね」といった程度のリアクションが得られるだけだろう。
だが、「【鼻毛カッター】スキルをいただいたんだ」などと言った日には、迫害こそされなくとも、あだ名が【鼻毛カッター】になるのは、火を見るより明らかだ。
そして、エルフの一生は長い。
「私、【火魔法】で良かったよ」
エリーは両親にそう言って笑い、そして、就職活動について真剣に考えることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます